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【前編】 アバターが持つさまざまな顔を知っているか? 工学・人文学から見るVRアバター研究最前線

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 東大工学部は昨年「メタバース工学部」を開講。年齢、ジェンダー、立場、場所にかかわらず全ての人が工学を学べる場を提供し、一部の授業ではVRアバターを用いる。またアバターで動画配信を行う「バーチャルYouTuber(VTuber)」は全世界で2万人以上存在する。このようにアバターを用いた社会との関わり方は普及しつつある。

 

 ただアバターと聞いても、プレイヤーのコスチュームというイメージしか持たない人も多いかもしれない。しかし実は、アバターには多様な側面があることを知っているだろうか。アバターの研究可能性とその課題、アバター普及に必要とされる倫理などを、鳴海拓志准教授(東大大学院情報理工学系研究科)と鮎川ぱてさん(東大教養学部非常勤講師/先端研協力研究員)に取材した。アバターの多様な側面を知り、アバター生活が当たり前となり得る未来の準備をしよう。(取材・葉いずみ)

 

変身が認知と能力も変える

 

 「VRChat」や「cluster」などのいわゆる「ソーシャルVR」サービスを利用し、バーチャル空間でアバターを用いてコミュニケーションする人はコロナ禍以降急増している。ソーシャルVRはスマホやパソコンでも利用できるが、VRゴーグルを使えば、より身体性と没入感のあるアバター操作が可能になる。VRゴーグルは5万円程度と以前より安価になっており、今後一層普及すると考えられる。

 

 アバターを用いたコミュニケーションでは、自由に見た目を変えられ、現実世界の身体や身分を隠して交流できるため、対等な人間関係を築きやすいというメリットがある。現在、このようなVRアバターだからこそ可能な身体の在り方を活用し、社会貢献を目指す研究が進んでいる。鳴海准教授は、VRアバターで身体を変えることで、心の在り方や身体能力も意図的に変容させる工学技術を「ゴーストエンジニアリング」と名付けて研究を行う。鳴海准教授は、この技術の3種のアプローチを挙げる。

 

 一つ目が、アバターの外見が想起させるステレオタイプにユーザーの行動や思考、能力が引き寄せられるという「プロテウス効果」を利用したアプローチである。例えば、アインシュタインのアバターを使うとひらめきが必要なテストの成績が上がったり、身長が高いアバターを使うと交渉が積極的になったり、ドラゴンのアバターを使うと高所恐怖が軽減し空中での空間把握も上手くなったりするなどの実験結果がある。鳴海准教授は「プロテウス効果を応用して、アバターで運動能力や認知能力を高められる可能性があります」と話す。

 

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ドラゴンアバターの使用で高所恐怖が軽減される(画像は鳴海准教授提供)
ドラゴンアバターの使用で高所恐怖が軽減される(画像は鳴海准教授提供)

 

 二つ目に、アバターを用いて他者の視点で世界を体験することで他者への共感を補助するというアプローチがある。例えば、子育て中の社員の視点と、その上司の視点の両方を体験できるVRコンテンツを作成し、職場のチーム全員に体験させる。その後、チームがより良い働き方をするための方法を議論すると、子育て中の社員の大変さや、そうした社員をサポートする同僚の存在を、VRコンテンツを通じて全員が体験しているため、より深い議論が可能になるという。「いくつかの会社の研修にこの方法を導入し、実際に働き方が変わったという声をもらっています。人々が立場の違いを乗り越えて暮らしやすい社会を作る助けになるのではないでしょうか」

 

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子育て中の社員と、その上司の視点を体験できるVR(画像は鳴海准教授提供)
子育て中の社員と、その上司の視点を体験できるVR(画像は鳴海准教授提供)

 

 三つ目は、一つのアバターを2人で使う「合体」や、複数のアバターを1人で使う「分身」など、VRアバターならではの全く新しい身体の在り方を活用するアプローチだ。「合体」の具体例に、2人の動きを混ぜて一つのアバターを操作するというものがある。最初はちぐはぐな動きでも、徐々に相手の次の動きが予想できるようになり、2人の動きがそろうという。これを利用し、空手の先生と生徒が一つのアバターを操作して空手の型を練習すると、先生のスキルが生徒にコピーされ、より早く習得できるといった効果が期待される。従来、特定の時間に特定の場所へ行かないと習得できなかった身体スキルは、バーチャル空間を経由して広く流通することも可能となるため、全く新しいスポーツの在り方が登場する可能性も秘められている。

 

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VRアバターでは、2人の動きを半分ずつ混ぜて操作する「合体」も可能になる(画像は鳴海准教授提供)
VRアバターでは、2人の動きを半分ずつ混ぜて操作する「合体」も可能になる(画像は鳴海准教授提供)

 

先入観をむしろ強化? 倫理的課題

 

 アバター研究には社会貢献への大きな可能性がある一方で、人間に接する領域である以上、倫理的課題にも注意が必要である。

 

 鮎川非常勤講師は「女性アバターだと穏やかな気持ちで行動できる」や「体格の良い男性アバターだと積極的になる」という実験結果に批判的に注目する。「女性は穏やかだと性別で性質を判断するセクシズムと、体格が良い人は積極的だと外見で性質を判断するルッキズムを人々が依然内面化していることの反映です。プロテウス効果とは、その人が内面化している偏見のフィードバックです。穏やかでない女性がいてよく、見た目に関係なくどんな人も積極的であってよいはずです」。プロテウス効果を活用したシステムは、現実社会で問題視されるステレオタイプを強化し、再生産する恐れがある。

 

 こうした倫理的課題を認識しながらアバター研究を進めるには、人文系研究者との共同研究が必要である。実際、鮎川非常勤講師は東大先端研協力研究員として、身体拡張研究を行う稲見・門内研究室で特にジェンダーに接する研究の相談を受けている。こうした体制は世界の工学研究では標準化しているという。

 

 鳴海准教授もプロテウス効果の問題点に言及し、人間への無意識の影響を、暗黙に人の行動を変えるシステムに利用してよいか検討が必要だと話す。「例えばVRで買い物する際の初期設定アバターを、浪費を促進する効果のあるアバターにすることも可能ですが、それは許されるのかなど、プロテウス効果の活用法に関するガイドラインの作成が求められます」

 

 加えて、現状の研究はプロテウス効果の活用法に注目するものばかりで、メカニズムの研究がほぼ無い点も課題だと話す。メカニズムを解明すれば、プロテウス効果を自覚し悪い影響はキャンセルする方法も作れる。「この効果を無批判に利用しないような意識を常に持つことが必要です。しかし問題点を恐れて研究をやめるのではなく、問題点を検討しながら研究を進め、活用法を模索することが重要だと考えます」

 

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鳴海拓志(なるみ・たくじ)准教授(東京大学大学院情報理工学系研究科) 11年東大大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。東大大学院情報理工学系研究科助教、講師を経て、19年より現職
鳴海拓志(なるみ・たくじ)准教授(東京大学大学院情報理工学系研究科) 11年東大大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。東大大学院情報理工学系研究科助教、講師を経て、19年より現職
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鮎川ぱて(あゆかわ・ぱて)さん ボカロ P。東大教養学部卒。東京藝術大学大学院修士課程修了。修士(芸術)。16 年より教養学部非常勤講師、17 年より東大先端研協力研究員を兼任。23 年より東京藝術大学非常勤講師も兼任
鮎川ぱて(あゆかわ・ぱて)さん ボカロP。東大教養学部卒。東京藝術大学大学院修士課程修了。修士(芸術)。16年より教養学部非常勤講師、17年より東大先端研協力研究員を兼任。23年より東京藝術大学非常勤講師も兼任

 

 

【後編に続く】

【後編】 アバターが持つさまざまな顔を知っているか? 工学・人文学からVRアバター普及の課題を捉える

 

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