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【東大音ひろば】ラフマニノフ〜ピアノで魅せるロシアの巨匠〜

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 クラシックのコンサートを日頃聴く人であれば、今年の演目にはラフマニノフがことの外多いことに気づいているかもしれない。というのも、本年2023年は、ラフマニノフ生誕150周年なのである。記念すべき「東大音ひろば」第1回である本記事では、この節目に際して、ラフマニノフの魅力をお伝えしていきたい。

 

 セルゲイ・ワシーリエビッチ・ラフマニノフは、1973年3月20日、ノウゴロド州、イリメニ湖の南に面するセミョノフの屋敷にて生まれた。彼の家は400年以上の歴史を誇る旧家の貴族である。家の創始者の二番目の息子が好人物で、愛想の良い客好きな人という意味の「ラフマニン」というあだ名がつけられたことが名字の由来のようだ。

 

 ラフマニノフ一族は音楽の才能で名声を博しており、彼もそれに違わず幼い頃から厳格な音楽教育を受けた。早期に才能の片りんを見せ始めていた彼は、10代も後半に差し掛かる頃には作曲の勉強に本式に集中するようになる。彼の作品は早い段階で、チャイコフスキーら当時の権威から高い評価を受ける。その後ラフマニノフは、『交響曲 第1番 ニ長調』(作品13)の初演の失敗などが重なり、全く作曲ができないほど塞ぎ込む時期も過ごした。が、『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調』(作品18)の記録的な成功で作曲家としての地位を高めると、『交響曲 第2番 ホ短調』(作品27)など数々の傑作を生み出し、その地位を確立させた。

 

 日本において最も有名なラフマニノフの作品は、『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調』で間違いないだろう。フィギュアスケートの浅田真央が使用したことでもよく知られており、多くの人が一度はその旋律を耳にしたことがあるように思う。ロシア古来の旋律を礎としながら、ロマン的な要素と叙事的な要素を合わせて描き出すラフマニノフの手法を確立させたこの作品は、作曲当時彼が持っていたすべての音楽的表現を、円熟した音楽家として、手に余すことなく楽譜に表した傑作である。

 

 第一楽章は静寂を切り出すピアノの緊張感のある演奏で思いがけず始まり、ロシア正教会の鐘を模した荘重に響き渡るピアノの和音、オーケストラとピアノとの、二重らせんを成すかのように整然とした調和、そして作曲家であり一人のピアノ奏者でもあるラフマニノフらしくピアノの抒情的な旋律を基調とした主題が展開されている。厳冬に見出す春への憧れのように豊かなメロディーは、たえず緊張感を携え、やがてそれはピアノの力強い応答によって結実する。はたまた、ときにピアノは助奏に転じ、主旋律の響きを交響楽のような、室内楽のようなものにさえさせる。

 

 最高潮の状態を保ちながら終わる第一楽章の直後には、打って変わって第二楽章が弦楽のピアニッシモ(とても弱くの意)の演奏で始まる。ラフマニノフの高貴な出自をうかがわせるかのような華やかな宮殿風のメロディーは、一度ピアノとオーケストラの激しい絡み合いを経て、ピアノのカデンツァ(終止形の前にある華やかで即興的な部分の意)を迎え、温かみのある優しい音楽の中に終わっていく。そして第三楽章は、2分の2拍子の歯切れのいいリズムに乗ったピアノの、軽やかで美しいながらどこかに哀愁を感じさせるメロディで幕が開く。まるで行進曲のように大胆で激しい部分は次第にオーボエと弦楽器の哀愁に支配され、かと思えば演奏は再び勢いを増し、この二つが重層的に交差しながら演奏は進んでいく。終結部では壮大な演奏が展開され、シンバルの印象的な響きを交えながらいわゆる「ラフマニノフ終止」、すなわち「ジャンジャカジャン」で力強く閉じられる。

 

 ラフマニノフは、『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調』以外にも、交響詩『死の島』(作品29)や、ピアノ曲ではピアノソナタやプレリュード集など数々の名作を生み出している。手の非常に大きかったラフマニノフのピアノ曲は非常に難易度が高く、これまでに全ピアノ作品の録音に成功しているのは7人しかいない。記者が推薦するのは、ラフマニノフと同じロシアの出身で、20世紀後半で最も傑出したピアニストの一人であるウラディミール・アシュケナージの録音だ。

 

 じつは以前まで、ラフマニノフは生前から特にクラシック評論家らの間で不興を買っていた作曲家の一人であった。彼の時代にはラヴェルやマーラー、ドビュッシーなどクラシック音楽がロマン派以後の新たな領域に移行していこうとする中で、チャイコフスキーなどに大きな素地を置き、ロマン派的な音楽を展開したからである。彼は、まるで現代の娯楽小説の作家がそう言われるように、「死後目を向けられるような作曲家ではない」とみなされることさえあったようだ。しかし実際はそうならなかった。彼の作品は特に20世紀後半以降に再評価が進み、『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調』を筆頭とした様々な作品が数多のオーケストラで演奏され、ピアニストにとって彼のピアノ作品は、ショパンやリストと同様、登竜門として避けられない作曲家の一人とさえなっている。

 

 現代では幸いなことに、それら彼の作品の録音・録画を、配信サービスや動画投稿サイトなどで、気軽に様々な演奏を手軽に聴くことができる。ぜひ一度、ロシアの風土が生んだ類稀なる巨匠の艶やかな旋律に、耳を傾け、体を預けてみてはいかがだろうか。

 

 

The post 【東大音ひろば】ラフマニノフ〜ピアノで魅せるロシアの巨匠〜 first appeared on 東大新聞オンライン.


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