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【寄稿】東大附属の卒業研究でプロテニス審判員不足解消:東大附属卒の東大生・発田志音さんが語る「探究的な学び」

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samune

 

 東京大学には教育学部附属中等教育学校(通称・東大附属)という附属学校がある。場所は中野キャンパスで、在校生は東大教職員の助言も得ながら卒業研究を行うなど、東大附属ならではの環境を生かした6年間を通じた探究的な学びが特色だ。東大附属卒業生は、どんな活躍をしているのか。今回は東大附属を卒業し、現在は東大大学院に通う発田志音さんに東大附属でのテニスを通じた経験と学びが現在の研究にどのように生かされているか寄稿してもらった。(寄稿・写真提供=発田志音)

 

<発田志音(ほった・しおん)さん・法学政治学研究科・法曹養成1>

‘19東京大学教育学部附属中等教育学校卒業。テニス選手として‘14全日本ジュニアU14ランキング2位、‘15年世界スーパージュニア選手権出場。国内外のプロ・トーナメントを転戦、JTAランキング最高232位。最年少でプロテニス主審にも採用され、‘18国際登録。現在も審判人工知能化に伴う憲法学的課題などをアバター法の観点で研究。

 

テニス部の選手として国際交流に尽力した前期課程

 

 東大附属の銀杏祭(文化祭)を見学したとき、他の中学校とは違った研究機関のような雰囲気を気に入り、推薦選抜で入学しました。入学直後から本郷キャンパスで「東大探検」と題するフィールドワークを行い、その成果を教育学部の教職員の前で発表する機会があったのが印象的でした。その後もフィールドワークや調査をして論文にまとめるという課題がずっと続きました。部活動は主にテニス部へ参加していました。前期課程チームの主将を務めていたので、仲間や先生方を巻き込んで海外校との国際交流試合を自ら企画するなど、新しい試みにも挑戦しました。

 

 当時から国内外のプロツアーにも挑戦しましたが、ほとんど勝てませんでした。連敗記録こそ誰にも負けないくらいだったと思います。そこでただ練習をするのではなく、図書館で本を取り寄せ、練習方法を研究しました。そして同世代の誰よりも多くツアーに出場して、練習の効果検証をしていました。東大附属の6年間で200試合近く公式戦を戦いました。もちろんそれでも結果がでない場合がほとんどなのですが、少しずつ進歩を重ね、U14国内ランキングで2位となり、テニスの世界4大大会(グランドスラム)の補欠リストに載りました。3年生では実際に世界ジュニア選手権に出場し、当時錦織圭選手が1位だった国内プロのランキングで200位くらいまで到達しました。テニスを通じてたくさんの課題に向き合い、その対処法を科学的に考えて実践する中で、数多くの失敗とわずかな成功を繰り返した経験は、学問を志す大きなきっかけとなりました。

 

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史上最年少でプロテニス審判員に採用された後期課程

 

 後期課程(高校に相当する3年間)に進級してからは史上最年少でプロテニス審判員にも採用されました。選手活動の傍ら審判員もやろうと思ったのは、選手活動の中で、試合を支えているテニス審判員の存在は、他のスポーツには類を見ないほどに特別な存在だと感じたからです。テニスの試合では、最大16人の審判員が、たった2人の対戦のためにコートに立ちます。当然、人件費もかかりますので、16人も配置されるのは世界大会や全日本選手権の決勝など、ごく一部の試合に限られます。中高生の県大会レベルだと、せいぜい主審1人だけか、審判をつけないセルフジャッジ方式が主流です。その意味で、選手としては、審判員の多い試合に出場することが一つの憧れになるわけです。しかも、テニスの審判員が行うスコアのアナウンスや、アウトなどのコールの声は、とても高らかに会場に響き渡り、選手や観客の気分を盛り上げます。ただルールに基づいて裁くだけではない、舞台の演出家のような役割を担う審判員の姿に、私はとても惹かれました。テニス場も裁判所も、英語でコート(court)といいますが、演出家の役割は裁判官に期待されていないですよね。当時から法曹志望だったので、その違いも面白く感じました。そこで東大附属4年生のときに、日本テニス協会公認審判員の認定試験に挑戦することにしたのです。

 

 日本にはテニス公認審判員が約5,000人いますが、国際大会で審判を行うには、中でもトップレベルの審判技術と知見を認められたB級審判員になる必要があります。地方大会の審判を中心に担当するC級審判員としての豊富な実務経験を前提に、オリンピックやグランドスラム大会の審判も担当できるB級審判員の試験では筆記試験・口述試験・実技等を経て厳格な審査が行われます。

 

 私は東大附属4年生の5月にC級審判員認定試験に満点で合格し、すぐ東京で開催された地域ジュニア選手権決勝の主審に採用されました。そのときの実績が評価され、2ヶ月後には味の素ナショナルトレーニングセンターで実施されたB級審判員認定試験の受験資格が与えられ、その試験でも1位の成績で合格しました。このとき、テニス協会から史上最年少合格者であると知らされました。

 

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本郷キャンパスに通い詰めて完成させた卒業研究

 

 選手と審判員の両方でプロの国際試合に出場してみて、テニスの見え方は大きく変わりました。選手だけの頃は、自分が試合に勝つという主観的な景色が中心でした。それに対して審判台に乗るようになってからは、観客の存在も含めたテニスの周辺環境全般に目が向くようになりました。テニスにおいて、審判員や観客も主役なのではないかと思い始めたのはその時です。選手のプレーだけでなく、審判員や観客など「ささえる」「みる」存在が集まってこそ、試合は面白くなるし、感動や興奮が生まれると。ちょうどその頃、東大附属の卒業研究のテーマを決めるために、そのイメージを持って山本義春教授(東大大学院教育学研究科)の研究室を訪ねました。

 

 そうして、日本におけるテニス審判員の不足問題を解消しようと、「テニス審判員の参加動機・満足度と活動頻度の関連」と題する卒業研究に取り組むことになったわけですが、3年かけて、全国1,580人の審判員に地道な調査を行いました。調査を実現するまでには時間がかかりました。当時は情報通信環境や審判員の管理方法に地域差があり、調査の依頼も電子メールや郵送に加えて、直接現地まで足を運ぶ必要もありました。審判員不足の現状を改善したいという思いを伝えてもなお、お断りされてしまうことも多く、その度に本郷の研究室へ足を運び、研究計画書を修正しては改めてお願いに伺う、というプロセスを繰り返しました。大学図書館を東大附属生も利用できたので、とても助かりました。

 

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卒業研究を踏まえ、審判員不足の解消策を提言・実践

 

 何とかデータを集めて、統計解析を行い、東大附属6年生の夏に審判員不足の解消策をまとめました。学会発表では、歴代受賞者の多くを大学教員が占める中、最年少で学会賞を受賞したり、日本学生科学賞の中央審査で部門別の全国2位(応募総数は例年約7万件)となったり、しました。研究論文も、査読のあるジャーナルに掲載されました。日本テニス協会の『テニス環境等実態調査報告書』に私の提言が掲載されて、実際にその多くが事業として現在も実践されているのですが、今年の統計では審判員登録者数が過去10年間で最多となりました。若手審判員の数も順調に増えています。ちょうど大学院に進学した2023年4月には審判員ポータルサイトが開設されたのですが、これも私が東大附属生の頃に提言したアイディアです。文部科学省の第2期スポーツ基本計画における「ささえる人材」の育成方針や、持続可能な開発目標(SDGs)の趣旨実現にも資するものということで、多くのテニス関係者から応援していただきました。

 

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テニス審判員の調査結果を、憲法学の研究に応用

 

 東大附属で卒業研究に取り組んだ経験は、今の法学研究に生かされています。まず前提として、東大附属生のうちに査読ありジャーナルに掲載される学術論文を単著で執筆したことで、その後の大学・大学院生活において研究を自力で進められる能力と自信が身につきました。そして何より、学問が好きになりました。私は今年、学士の学位を取得して大学院に入学したばかりですが、すでに採択・公刊済みの論文は14本あります。もはや論文執筆は趣味の領域です。現在は新領域法学と呼ばれる、人工知能・アバター法を中心に研究を進めていて、学問のおかげで毎日がとても充実しています。東大附属の卒業研究では審判員の調査、つまりスポーツ経営学の研究をしましたが、これも現在進めている憲法学的な研究テーマに応用して活かしています。2011年制定のスポーツ基本法などで、「スポーツ権」という概念が形成されつつあるのですが、これには審判員などとして「スポーツをささえる権利」も含まれていると考えられています。しかし、スポーツでは選手の活躍や権利が重視される傾向にあり、脇役と考えられがちな審判員の声や意思はスポーツ政策になかなか反映されません。たとえば2025年からはテニスの男子世界ツアーで線審を人工知能に置き換えることが発表されています。私の東大附属での卒業研究に基づけば、線審としての活動環境やコミュニティは、人の審判員におけるウェルビーイングに深く関与していて、まさに「スポーツをささえる権利」が重要であると推察されますから、この2025年線審人工知能化はその権利を制約する側面があるわけです。他方で、同じ人工知能関連の技術でも、活用の仕方によっては、むしろその権利の実現に資する側面もあります。この研究はJSTムーンショット型研究開発事業、JPMJMS2215の支援を受けていますが、こうしたことは、東大附属生の頃に、1500人以上の審判員に対して実際に調査をして、統計解析をしたからこそ見えてきたことです。一般的に、法学の研究でこうした手法は採りませんので、分野横断的・未来志向な法学研究者として、今後もわくわくするような研究成果をたくさん生み出したいです。

 

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東大附属の環境ならば、試練を乗り越えられる

 

 東大附属の学生は,東大附属生活を通じて思う存分に自己実現して、社会のためにさらなる高みを目指すと良いと思います。私は東大附属生時代、進路や学業などさまざまなことで悩むことがありました。ですが、そうした時にはいつも校長室などで相談に乗ってもらい、ときには東大の先生方の支援を受ける機会にも恵まれました。その支えがあったからこそ、スポーツも勉強も思い切りやりきって、私の東大附属6年間はとても充実したものとなりました。現役の、そして未来の東大附属生の皆さんも、迷ったときは東京大学全学の教職員の知恵を借りることで、必ずや試練を乗り越えられるでしょう。恵まれた環境への感謝を忘れず、あらゆる人から応援される人を目指して、これからもお互いに切磋琢磨(せっさたくま)、頑張っていきましょう!

 

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