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【東大新聞お試し】生命科学研究で情報科学を活用 大規模データで生命を数理的に捉える①

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 この記事は、2016年9月20日号からの転載です。東京大学新聞の紙面を限定公開 お試し読みのご案内の一環で4月28日まで限定公開しています。

後半の記事:生命科学研究で情報科学を活用 大規模データで生命を数理的に捉える②


 ビッグデータ、スーパーコンピューター、人工知能。情報科学の分野で耳にする技術が生命科学研究に変革を起こしている。大規模データを用いた従来にない研究が可能になり、多くの新発見が生まれた。情報科学はどのように生命科学研究を変えているのだろうか。スーパーコンピューターを使って革新的な研究をしている宮野悟教授(医科学研究所)に話を聞いた。

 

(取材・古川夏輝)

 

宮野悟教授(医科学研究所)
79年九州大学大学院修士課程修了。理学博士。九州大学教授などを経て、96年より現職。

 

がんを大局的に理解

 

 従来のがん研究は特定の遺伝子に注目し、その役割を調べることが主流だった。その結果、がん形成を促進する「がん遺伝子」やがん形成を抑制する「がん抑制遺伝子」が数多く発見された。近年、「オミックスデータ」と呼ばれる、大規模な臨床データも得られるようになり、がんの診断法、予防法、そして治療法が急速に発達すると期待された。しかし、実際には既存の知識と臨床応用には大きな距離があることが判明。「がんはそれほど単純ではなかったのです」と宮野教授は語る。

 

 そこで宮野教授が提唱したのが「システムがん」。特定の遺伝子に集中するのではなく、がんをシステムとして捉え、より俯瞰(ふかん)的な理解を目指した学問領域だ。数理的手法とスーパーコンピューターの圧倒的な計算力を駆使し、がんの病態とオミックスデータの関係性を調べることでがんの理解を深めていく。

 

 その一例として、骨髄異形成症候群の研究がある。骨髄異形成症候群の患者は血液の成分を産生する骨髄に異常があるため、血液成分をうまく産生できない。最終的に血液のがん、すなわち白血病へと進行する。原因は不明で、治療法は骨髄移植しかないのが現状だ。しかし、体力的な問題から骨髄移植は一般に60歳以上の人には適応されない。「骨髄異形成症候群はお年寄りが多く罹患するにその一例として、骨髄異形成症候群の研究がある。骨髄異形成症候群の患者は血液の成分を産生する骨髄に異常があるため、血液成分をうまく産生できない。最終的に血液のがん、すなわち白血病へと進行する。原因は不明で、治療法は骨髄移植しかないのが現状だ。しかし、体力的な問題から骨髄移植は一般に60歳以上の人には適応されない。「骨髄異形成症候群はお年寄りが多く罹患するにもかかわらず、お年寄りは治療が難しいのです」

 

 骨髄異形成症候群の原因を特定するため、宮野教授は小川誠司教授(京都大学)と骨髄異形成症候群患者29人分のがん細胞を取り出し、遺伝子のうちタンパク質の情報を担っている部分の配列を全て調べた。数理的な手法を用いて特定の配列が変異を含むか含まないかを推定するプログラムを構築し、スーパーコンピューターに実装。29人分の遺伝子配列をスーパーコンピューターに読み込ませ、解析を行った。

 

スーパーコンピューターを使って骨髄異形成症候群の原因となる変異を突き止めた

 

 解析の結果、骨髄異形成症候群の患者で頻繁に見られる変異を268個同定。その中にはそれまでがんの遺伝子として知られていなかった遺伝子が四つあり、詳細に調べた結果、RNAスプライシングという生命現象に関わる遺伝子だと判明した。「RNAスプライシングの異常ががんの原因となり得るというのは世界で初めての発見でした」

 

 スーパーコンピューターと数理的な手法を組み合わせることで、「システムがん」はこれまでの研究手法では明らかにできなかった数多くの成果を生んだ。それでも、「がんの本質に迫るには多くの課題が見えてきました」と宮野教授。これらの課題を乗り越えるために、宮野教授は「システム癌(がん)新次元」を提唱した。

 

 「システム癌新次元」では「システムがん」に人工知能の知見を導入することで大量のデータから適切な解釈を得ようとする。遺伝子情報を読む技術が発達し、今や莫大な量の遺伝子データが蓄積されている。発表される論文の数も指数関数的に増えていて、生命科学系の論文データベースであるPubMedには2016年までに2600万件が登録されている。「データの量が膨大になり、文献情報も氾濫した現在、もはや人間の力ではデータを解釈することが難しくなっています」と宮野教授。

 

 宮野教授はIBM社が開発した人工知能、Watsonを用いて研究を行う。Watsonは自然言語処理により文献の情報を理解でき、機械学習により与えられた課題に対する最適解を導き出せる。遺伝子情報の解析に特化した「Watson for Genomics」には2000万件以上もの文献データ、1500万件以上の特許データ、そして遺伝子に関わる各種のデータベースが搭載されている。「Watson for Genomics」にがん細胞の遺伝子配列を渡すと、どんな遺伝子に変異が入っていて、どのような治療法が適切なのかを根拠となる文献情報とともに教えてくれる。

 

 医師の診断では大腸がんの患者には大腸がんに用いられる治療薬の中から適切な薬を選ぶが、「Watson for Genomics」は症状を基にした診断を行わないため、大腸がんの治療には使われていない治療薬を提案することもある。そのため、変異の情報と提案された薬を見ることで、原因が不明な病気についても新たな治療法が生まれる可能性がある。「人工知能の導入によって人知を超えた世界が見えてくると期待しています」

 

情報解析に人工知能

 

 「システム癌新次元」では倫理的な問題も扱っている。遺伝情報の測定が一般的になると、自分は将来高い確率でがんになるという「不都合な事実」を突き付けられる可能性がある。「最近では女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが高確率で乳がんを発症すると診断されて乳房を摘出したことが話題になりました。遺伝情報を誰もが知れる時代では誰もがこのような不都合な事実に出くわす可能性があるのです」。社会としてこうした事実にどのように対応していくのか、どのような法整備を進めていくのか、基礎研究と並行して議論をしている。

 

 スーパーコンピューターと人工知能を駆使することで、将来的にはがん患者一人一人に最適な治療法を提供する個別化医療が可能になるかもしれない。しかし、そのためには乗り越えるべき課題も多いと宮野教授は話す。「Watsonをもってしても診断や治療薬の選択ができない症例はあります」。大量のデータが得られたが、まだまだ基礎となる知識が足りていないという。法的な問題、倫理的な問題も乗り越える必要がある。現在の枠組みでは巨大化するデータベースを維持することができず、データベースを管理するための新たな枠組みを構築する必要もある。それでも、個別化医療に向けて着実に進歩している。「未来はとっくに始まっているのです」と宮野教授は語る。

 

スーパーコンピューターと人工知能を組み合わせれば最適な治療法が導ける可能性がある

 

 

【東大新聞お試し】生命科学研究で情報科学を活用 大規模データで生命を数理的に捉える①東大新聞オンラインで公開された投稿です。


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