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Take a Walk through Todai’s Campuses with Dr. Thurgill #1 Akamon, Hongo Campus

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  We, without doubt, lay ourselves in “places,” which, if we heed the specialty of things therein or the history therewith, appear to us as having a variety of meanings. In this serial article, we aim to contemplate various “places” found in Todai’s campuses with the cultural geographer Dr. James Thurgill, who interprets “places” by employing a knowledge of the humanities that spans philosophy, history, anthropology, and so on. Our first meeting is at Akamon in Hongo Campus. (Interviewed, Written and Translated by Mon Madomitsu)

 

Dr. James Thurgill Graduated from the graduate school of University of London in 2014. Ph. D (Cultural Geography). After serving as an assistant professor at University of the Arts London, from 2017 he is a project associate professor of the University of Tokyo.

 

  “Why are there beings at all instead of nothing?” This is a question posed by the philosopher Martin Heidegger, who regarded what we do not see as “absence”. Dr. Thurgill pays attention to “spatial absence” at the entrance of Akamon as an interesting point to consider the space around the famous gate. Unlike other gates in the Todai campus, Akamon is roofed and is surrounded by a thick wall (see below). As such, when we stand in front of Akamon and look into the Todai campus, we cannot see the world beyond, which is veiled by the gate’s frame and wall, and so it appears to be absent to us. The action of going through the gate, however, allows the world beyond to unfold before us, and thus absence turns to presence.

 

   “Absence is recognized through presence, and vice versa,” says Dr. Thurgill. In other words, by grasping the space that is veiled by Akamon and which thus appears “absent,” we come to understand that the landscape of the Todai campus, as it is perceived through the gate, is but a part of the whole. Such an understanding of “spatial absence” invites us to see what is still unseeable, to imagine what lies beyond the gate.

 

  Dr. Thurgill points out that the Akamon embraces such a paradox, inviting people to enter while simultaneously regulating their movement and vision. Cultural geographer Tim Cresswell has suggested that a disturbance to people’s mobility, such as traffic congestion or airport departure gates, is a type of “friction”. According to Dr. Thurgill, the Akamon also produces friction by regulating the movement of people who pass through it.

 

Akamon produces “absence”, and also adds “friction” to the movement of people.

 

  Akamon has one large door and two small doors (see above),and according to the door that is open, people’s view ofand movement inthe space will differ. It is only through the gate─the framework─that people can view the landscape beyond and move towards it. Heidegger used the word “Gestell”─framework─to explain that the way of being is prescribed by environment. The structure of Akamon is indeed Gestell, which regulates and prescribes the movement of people’s physicality.

 

  In addition, Dr. Thurgill, employs the concept of “liminality”, proposed by the anthropologist Turner. This concept points to a transgressive change, and Turner regarded places such as shrines or churches, where people enter and experience a transformation that makes them move away from their daily life, as “liminal places”. Dr. Thurgill, however, thinks that the university is also a liminal place, for people there retreat from the mundane world and engage in academic life. Akamon indeed functions as a boundary line between two such places.

  Between two different regions, there exists some sort of a wall, if not a physical one then one that is imagined. In order to get access to another region, we need a gate. Nevertheless, we should be careful when following the path through it. By composing “spatial absence”, the gate certainly has a function that invites people into it, yet through nothing but the composed “absence” it engenders, it produces friction on people’s movement.

 

  In today’s globalizing society, it is not difficult to think of a “different culture” as an example of a “wall” which is close to us. Such a wall may be physical, as President Trump proposes, or imagined, existing only in one’s mind.

 

  Generally speaking, placing not a wall but a gate between different cultures is the first step toward interaction. If we take “cross-cultural exchange” too flippantly, however, might we not end up spreading the belief that those we interact with are no more than people who entertain us by providing us with an extraordinary “liminal place”? Or might we not end up producing friction among those who are about to move through the gate and consequently emphasizing the wall more than what is beyond it? In case of the interaction among different individuals, what should we suppose beyond the framework of wall and gate? Such questions are worth contemplating while enjoying the view of Akamon.

 

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硬式野球 立大に完封負け 序盤の好機生かせず

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 硬式野球部(東京六大学野球)は5月25日、立教大学との1回戦を戦い、0-4で完封負けした。東大打線は初回と二回に相手先発の立ち上がりを攻めて得点圏まで走者を進めるが無得点。その後は持ち直した相手先発に好投を許し、計11三振を喫す。前回登板で好投した先発の坂口友洋投手(文・4年)は大崩れはしなかったが、立大に小刻みな得点を許して5回4失点(自責点3)となり、敗戦投手となった。東大は5月26日午前10時30分から、負ければ今季最終戦となる立大との2回戦に臨む。

 

前回登板で好投した坂口投手は、五回を終えたところで降板(撮影・石井達也)

 

東大|000000000|0

立大|10021000|4

勝:田中誠(立大) 負:坂口(東大)

 

 初回、先頭の笠原健吾選手(文・3年)が放った当たりは中前にポトリと落ち、俊足を飛ばして二塁打に。その後、四球などで2死一三塁の好機をつくる。しかし、打席の武隈光希選手(文・3年)は見逃し三振に倒れ、先制点を取ることができない。二回にも前の試合で本塁打を放った石元悠一選手(育・3年)が一塁線を破る二塁打を放ち、1死二塁とするが、後続が倒れ得点できない。

 

 東大の先発を託された坂口投手は、前回登板で9回2/3を1失点。この試合も快投を披露したいところだったが、先頭から1球もストライクを取れないまま四球を与える。盗塁などでこの走者を進められ、最終的には犠飛で失点。無安打で先制を許す。その後も坂口投手は大崩れはしないが、好機を確実に得点につなげる立大打線を抑えられず、五回を終えたところで降板する。

 

 三回以降の打線は相手先発の前に沈黙する。キレのある140キロ前後の直球と、100キロ台のカーブの組み合わせに苦戦。毎回のように三振を喫し、三〜七回まで三者凡退に倒れる。

 

この日2安打を放つ活躍を見せた笠原選手(撮影・石井達也)

 

 なんとかしたい八回、簡単に追い込まれた後もファウルなどで粘った石元選手が左前に運んで出塁。2死となった後、笠原選手も続いて2死一三塁とする。打席には今季好調で、リーグ戦自己最高打率も期待できる山下朋大選手(育・4年)。しかし山下選手は平凡な二ゴロに倒れこの回も無得点。九回は三者凡退に倒れた。六回以降の投手陣が走者を出しながらも無失点に抑えていただけに、好機での打線のつながりという今季の課題が改めて認識された試合になった。

 

(湯澤周平)

 

硬式野球 シーソーゲームを落とし立大に連敗 全敗でシーズンを終える

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 硬式野球部(東京六大学野球)は5月26日、立教大学との2回戦を戦い、2-4で敗れた。1点を追う東大は、四回に岡俊希選手(法・3年)の適時打で追い付き、五回には大音周平選手(理Ⅱ・2年)のリーグ戦自身初本塁打で逆転に成功。今季初勝利をつかみたかったが、好投を続けていた先発の小林大雅投手(経・4年)が中盤以降に失点を重ね、再逆転を許す。2桁安打を放った打線もあと一本が出ず、立大に惜敗した。既に最下位が確定していた東大は、今季10戦全敗でシーズンを終え、引き分けを挟んで32連敗となった。

 

先発の小林投手は試合を作ったものの中盤以降に失点を重ねた(撮影・石井達也)

 

立大|001001011|4

東大|00011000|2

勝:比屋根(立大) 負:小林大(東大)

 

 「4番のプレッシャーからかなかなか調子が上がらない岡選手がリラックスできるように」(浜田一志監督)、ここまで不動だったクリーンナップを組み替えた東大打線。二回、安打と二つの四死球で無死満塁の絶好機をつくるが、大音選手は投ゴロに倒れる。なおも1死満塁で打席の小林投手は2ボール1ストライクからスクイズを敢行。しかし相手バッテリーに外されてバットは空を切り、スタートを切っていた三塁走者がタッチアウト。同じプレー中に一塁走者が挟殺に倒れ、無得点に終わる。

 

打席の小林投手は相手バッテリーに外されスクイズ失敗。試合後に浜田監督は「采配ミスだった」と振り返る(撮影・石井達也)

 

 好機が得点につながらない悪い流れが続く三回、ここまで持ち味の打たせて取る投球を見せていた小林投手が1死二三塁から右前適時打で先制点を許す。しかし後続は三振と投直に抑え、最小失点でまとめる。「制球が良くなり、球種を一つ増やしたのが功を奏したのかも」と浜田監督が試合後話したように、小林投手はその後も安定感ある投球を披露する。

 

 追い付きたい打線は四回、2死二塁の好機をつくると、岡選手が低めの球をうまく合わせて右前に運び同点に。相手先発はここで降板する。続く五回には先頭の大音選手が1ボール1ストライクからの真ん中高めの直球を引っ張り、左翼席に本塁打。逆転に成功し、スタンドは盛り上がりを見せる。

 

大音選手のリーグ戦初本塁打で、東大は一時リードを奪う(撮影・石井達也)

 

 しかし小林投手は踏ん張れない。逆転直後の六回にここまで許していなかった四球を二つ与え、1死一三塁のピンチを招く。ここで相手代打に左前へうまく流されて同点とされる。八回には安打と四球で2死一二塁とされ、ここでも相手代打から適時打を浴びる。立大の的確な代打戦略に苦しみ、勝ち越しを許す。

 

 直後の攻撃では、笠原健吾選手(文・3年)が2試合連続のマルチ安打となる右前打で出塁。しかし代打の土井芳徳選手(農・3年)は痛恨の併殺に倒れる。投球数が120球を超え、疲れの色を隠せない小林投手は、九回には自身の暴投で追加点を許し2点差に。打線は終盤にも相手投手陣から安打を重ねたものの得点に結び付かず、立大に連敗した。

 

◇浜田監督の話

 今季前半3カードは投手陣が崩壊し、試合になっていなかった。投手陣が立ち直った後半2カードは打撃陣が抑えられた。秋季では勝ち点を二つ取ることを目指し、投手は低めでストライクを取る投球術、打撃は「待つ姿勢」、守備は簡単に盗塁を許している捕手の技術改善を目指したい。

 

◇辻居主将の話

 全敗に終わったが、良かったところは来季に生かしたい。夏は勝ち切るための練習を意識し、1球1球集中したい。

 

(湯澤周平)

硬式野球 立大に完封負け 序盤の好機生かせず

東大総長賞受賞者の素顔① Grubin ~最高の仲間と得た、最高のご褒美~

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 東京大学総長賞とは、学業や課外活動で業績を挙げ東大の名誉を高めたと認められた東大の個人・団体に総長が表彰するものだ。2002年に創設され、毎年約10の個人・団体が受賞している。今回の記事では2018年度受賞者のうち団体で受賞した川本亮さん(医・3年)、高橋宗知さん(医・3年)、山田陸さん(工・3年)の素顔に迫る。

(取材・武沙佑美)

 

 持続可能な食糧利用を目指して

 

 3人が主体で運営するプロジェクト「Grubin(グラビン)」では、アメリカミズアブの幼虫を用いて生ごみを分解する小型装置グラビンの開発に取り組む。名称はgrub(幼虫)とbin(ゴミ箱)から成る造語。フードロス大国の日本で食糧廃棄物を分解しリサイクルする装置を普及させて、持続可能な食糧利用の実現を目指す。「日本では途上国への食糧援助は盛んですが、国内のフードロス問題は未解決のままです」と山田さんは話す。

 

 グラビンの内部には傾斜する坂構造が設置されている(図1)。生ごみを取り込んで成長した幼虫はその坂を登るようになり、登り切ると生ごみから隔離される仕組みだ。空気清浄機を備え付けることで消臭も可能な上、幼虫が生きていける環境を保ち他の虫の侵入やミズアブの脱出を防ぐ工夫なども凝らされている。

 

(図1)グラビンの内部構造(川本さん作成)

 

 なぜアメリカミズアブを用いるのか。まず幼虫は自らの体重の2.5倍の生ごみを1日で処理できるほど高い分解能力を持つ。国内にも広く生息し、生態系に影響を与えることなく利用できるのも特徴だ。そして何よりも、食品を分解し成長したアメリカミズアブは養殖や家畜の優良な飼料として需要があるため、持続可能な循環が成立する。

 

 2019年1月からは沖縄県八重瀬町で、生ごみを取り込み成長したアメリカミズアブの飼料としての有用性を検証する実証実験を開始。現地の養鶏場と協力し、粉末化したミズアブの幼虫を鶏の飼料として活用し経過を見守っている。地元住民との交流も活発で「家を貸していただいた上、地元の子供たちに勉強を教えたり近所の方々と晩酌したりと、プロジェクトの内容を越えた関係を築くことができ、協力いただいた沖縄県の方々には心から感謝しています」。3月には市長・町長ら含め150人以上の地域住民に向け報告会を開催した。

 

 現在グラビンが見据えるのは2020年の東京オリンピック・パラリンピック。選手村にグラビンを導入し、食品リサイクルに力を入れる日本の姿勢をアピールしたい考えだ。「その第一歩として、5月よりクックパッドの社員食堂に装置を導入していただけることが決まりました」と川本さん。「まずはグラビンを世に出せる形に仕上げていくことが目標です」

 

沖縄県八重瀬町での活動では地元住民との交流も深まった(写真は川本さん提供)

 

協力者のおかげでたどり着いた総長賞

 

 グラビンの原点は、17年11月に開催された国際的な学生向けビジネスコンテストであるハルト・プライズにある。入学早々親しくしていた川本さんと高橋さんは、工学に詳しい山田さんと3人で出場することにした。だがアイデア出しに難航した揚げ句、生き物好きだった川本さんの提案でミズアブに注目した。

 

 当初はグラビンを用いて、カンボジアの路上に放置され腐敗する生ごみを処理することで衛生状態を改善するというビジネスモデルで勝負。初戦は突破したものの、結果的に18年5月に開催された日本予選で敗退した。「ハルト・プライズではアイデアが机上の論理になっていた印象があり、カンボジアでの実現可能性を実際に自分たちの手で確かめたいと思いました」

 

 反省を踏まえた3人はクラウドファンディングで資金を調達し、1カ月間カンボジアへ。ミズアブを育て生ごみを分解させたり、現地の養殖・養鶏業者に頼んで飼料として試してもらったり、地元学生の協力を得て聞き込み調査を実践したりした。だが現地調査を経て感じたのは、外国人としてカンボジアでビジネスを展開することの難しさだったという。一方で「アメリカミズアブの分解処理能力が本当に高いということも分かったし、カンボジアの協力者たちの助けを無駄にしたくなかった」ため、グラビンのビジネスモデルを日本に適用させてみることを決意した。

 

カンボジアでは連日市場に通い、聞き込み調査を行った(写真は川本さん提供)

 その足掛かりとして18年9月、日本財団ソーシャルイノベーションアワードというビジネスコンテストに応募。優勝し活動奨励金1000万円を獲得した。「実は同時期に7、8個のコンテストに応募していたんですがボロ負けでした」。優勝は予想だにしていなかったという。だが優勝の理由として高橋さんは審査員が「若者の一見無謀なアイデアに期待を寄せてくれたのでは」と分析する。またカンボジアでの調査を経て「今まで助けてくれた人たちへの感謝の気持ちが、プロジェクト実現への強い思いとして表れていたのかもしれません」。

 

 これまでの活動を通して痛感したのは、他人の協力を得ながらプロジェクトを進めていくことの重要性だ。「私たちがここまで来れたのは多くの人の助けがあったからです」。カンボジアの現地調査ではもともと川本さんと知り合いだったカンボジア人の学生が仲間を呼び集め、現地の人との通訳や移動を手伝ってくれ、沖縄県での活動も常に地元住民の温かい支えと後押しがあった。今も「沖縄県での活動は、縁あって知り合った東京理科大学の学生が仕切ってくれています」と、協力者は増え続けている。

 

「協力してくださった方々には感謝し切れません」(写真は川本さん提供)

 

 グラビンに取り組む日々は地道な作業の連続でうまくいかないことがほとんどだという3人。だからこそ総長賞の受賞は「東大生として最高のご褒美」で、多くの人と協力しながら活動してきたことが報われて嬉しかったと振り返る。そんな彼らの日々の活動の原動力となっているのは「これがやりたい!というワクワク感ですね。それから何よりも、グラビンを通してできた仲間が一番の財産です」。3人をはじめ多くの人の熱い思いを背負ったグラビンの今後が楽しみだ。

 

総長賞授賞式後、安田講堂前にて。左から高橋さん、川本さん、山田さん(写真は川本さん提供)

この記事は、2019年5月14日号からの転載です。本紙では、全学部・大学院ごとの就職先詳報や、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

インタビュー:渋滞学・無駄学の第一人者に聞く 流れを見渡す重要性 西成活裕教授(先端科学技術研究センター)
ニュース:四死球相次ぎ連敗 硬式野球慶大戦 打線の逸機目立つ
ニュース:ぜんそくの悪化を抑える因子発見
企画:〜五感で楽しめ〜 編集部が選んだおすすめ企画
企画:虫を利用したリサイクル 総長賞受賞者たちの研究①
企画:歴史の審判を待つ 日本史の観点から探る出典選定の意図
企画:本郷キャンパスマップ
サーギル博士と歩く東大キャンパス:①本郷キャンパス赤門
キャンパスガイ:内山修一さん(工・4年)

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東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析② 回答理由の記述から

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 東京大学新聞社は、2019年度学部入学式で上野千鶴子名誉教授が述べた祝辞について、東大内外の全ての人を対象にアンケート調査を行い、東大生(院生含む)603人を含む4921人から回答を得た。この調査では、祝辞を評価したか、学部入学式にふさわしいと思うかを5段階で回答した後、回答の理由を任意で記述できるようにしていた。この記述から、祝辞を個々人がどのように受け止めたのかより詳細に探りたい。

(構成・山口岳大)

 

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東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析① 回答傾向の分析から

 

2019年度入学式の様子

 

※凡例

・基本的に原文を尊重し、表記統一は施していない。

・各意見の末尾には、所属・職業と性別、「祝辞を評価するか」「祝辞は学部入学式にふさわしいと思うか」への回答を付記している。

 

◇東大生の回答

 

環境要因、ジェンダー問題の提起に支持集まる

 

 祝辞を評価した東大生の理由記述では、主に二つの側面に注目が集まった。

 

 第一に、「がんばれば報われる」と思えること自体が環境のおかげだと上野名誉教授が述べた点だ。

 

地方公立高校出身の学生として環境が進学に与える影響は非常に大きいと感じる
また女子学生が男子学生よりも実家を離れることが難しい現状も存在する
何らかの理由で東京大学に入学できた私達は多少なりとも社会を良くしていく責任を負うべきだと思うから

(法・4年、男性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

将来リーダーとなっていくであろう東大新入生に、入学という個人の成功が自分の力だけではないということを自覚させ、弱者とされる人への配慮を促したものだったから。

(理Ⅲ・1年、男性、「評価する」「どちらとも言えない」)

 

 第二に、東大のジェンダーの問題を提起した点だ。

 

東大女子や女性、またマイノリティが社会において置かれている状況を非常にうまく表していると思う。上野先生が東大生の性差別の例として出したものは私が日頃から性差別として意識していたものだった。また、そのような状況を改善するために東大生が何をすべきか強く打ち出していて、私個人は非常に共感でき励まされた。さらに、私は1年生の時に会った東大生が保守的で性差別的なことをいう人が多く、東大に入らなければよかったと心底思ったので、上野先生の、このようなスピーチを東大が入学式の祝辞に選んだという点で、東大に希望を持つことができた。

(養・3年、女性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

東大生は幸か不幸かホモソサエティーな空間であり、一般に社会をリードするようなポストに就く人が多い。しかし、そのような人々に(だけではないが)ジェンダー意識が欠けていることは多い。入学式という場ではあったが、彼ら彼女らに強制的に非常に大切だが、見えにくく、意識しづらいジェンダーの話をしたことには、大変意義があるのではないだろうか。

(教育学研究科・修士1年、男性、「評価する」「どちらとも言えない」)

 

 こうした性差別の側面への言及が多数を占める中、祝辞が、フェミニズムにとどまらずメリトクラシー(人を業績で評価する考え方)批判へ移行していると捉えた意見もあった。

 

一見すると上野の祝辞は女性差別の問題を批判するフェミニズム的な紋切り型のものだと思われるかもしれないが、それだけではない。フェミニズムの問題からメリトクラシー批判へと移行しているように私には読める。東大生というある意味で学力しか取り柄のない私たちには、他の人たちと全く同じように苦手なこと、誰にも言えない悩み、そういうものが当然つきまとう。学力や就職偏差値、年収、そのような画一的な物差しのなかで競争をしている間は、その物差しに照らした優劣でしか他人のことをそしてまた自分のことも測ることができない。それはとても息苦しい生き方だ。大学では、社会に強制されるようなかたちで与えられた尺度ではなく、むしろ自分に相応しい尺度を見つけること、そしてその尺度というものが多様であることを認識したうえで、自分も他者も一面では強い人間でありまた他面では弱い人間であることを認める。上野の祝辞はそのような大学的な知へのエールだと私は読んだ。

(人文社会系研究科・修士2年、男性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

 祝辞の内容にとどまらず、祝辞が及ぼした影響に目を向ける意見もある。

 

祝辞そのものの内容に加えて、社会的な影響の大きさ。議論を生んだこと。なにより、今年東大に入学した1年生は女性差別について発言、議論しやすいのではないかと思う。あるいはそれ以外の差別問題、社会問題についても。

(法・3年、男性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

現状の男女平等が進みつつある世界で日本がそれに遅れていることは確かであり、世間の注目するこの場でこの問題に言及すること自体が世間における議論の活発化に繋がると考えられるため。

(理Ⅱ・1年、男性、「評価する」「そう思わない」)

 

データや表現の恣意性に反発

 他方、これらの面をたたえつつも一定の留保をつける意見が目立った。

 

本来伝えたかったであろうメッセージはふさわしいと思うが、全編にわたり散見される言葉選びや不十分なデータから強引な解釈を導くなどの問題点が些細なものではなく強烈な印象を残すものであり、反発を招いたと考える。男女の性差を除くことは今日盛んに議論されている問題であり、祝辞においても挙げられたように東大でも女子学生が少ないなどの実感が得られる。しかしこの議題はこれまでの社会のあり方や固定観念に沿うものではないため、些細に注意を払った議論がなされなければ、過激化して本来の思想とはかけ離れた思想をもった一部のフェミニストのような印象を与えてしまう。特に新入生に問題を投げかける祝辞という場面であったことも考えあわせると、今回の祝辞は内容の選び方についてあまりに慎重さを欠いたものであったのではないかと思う。

(養・3年、女性、「どちらとも言えない」「どちらとも言えない」)

 

 祝辞に否定的な回答をした理由としては、こうした恣意(しい)的な根拠づけに対するものの他、新入生を祝うはずの入学式にふさわしくないという意見もあった。

 

知らなければならない重大な問題について新入生に説明したのは良いが、少々言葉選びが過激だと感じる点があったため。
当日、自分自身男の新入生としてはかなり耳が痛く、別の機会にじっくり聞きたい、と思っていた。

(文Ⅱ・1年、男性、「評価する」「どちらとも言えない」)

 

 その他、既存の東大内の問題を東大・東大男子学生への偏見という形で新入生に押し付けているのではないかという意見、教育格差や経済格差など女性差別以外の要素にも目を配るべきだったという意見が散見された。

 

最終的な結論自体は良いと思うが、そこに至る推論が不適当。他大入試での女性差別、テニスサークルの東大女子差別、集団強姦事件、合コンでのモテ方など、新入生が今まで関与していた話ではない。これから是正していってほしいというのなら分かるが、東大・東大男子への偏見と一般化して新入生に押し付けるのは呪詛的でお門違い。(むしろその偏見は除かれるべきものではないのか)ましてやオーラルコミュニケーションであることを考えれば、新入生が身に覚えのない説教をされているように感じるのは当然。
東大生が環境面で下駄を履いていることや、女性学の起こりについての話には至極納得したが、上記のセンセーショナルな部分によって霞んでしまったように思った。

(文Ⅱ・2年、男性、「どちらとも言えない」「どちらとも言えない」)

 

東大生になったことは、もちろん自分の努力の証でもあるけれど、この大学に入学した時に受からなかった人とその環境を忘れてはいけないというメッセージは、正しいと思うから。でも、上野さんは女性差別に特に重点を絞ってしまいましたが、教育格差、貧富の差、社会資本の再生産など、他に様々なファクターがあることを強調するべきだったと思います。そのため、もちろん間違ったことは言っていないし、日本社会が立ち向かわないといけない重要な問題だとは思いますが、感情論として批判されたりなど、今回のリアクションが起きたのではないかと思います。

(文Ⅰ・2年、女性、「評価する」「どちらとも言えない」)

 

問題点は本当に問題か

 

 これらの問題点が必ずしも重要ではないと考えた回答者もいる。

 

東大生ひと学年が一堂に会するのはおそらく入学式と卒業式くらいであろう。極めて貴重な機会である。
祝辞において最も大事なことはなんであろう?
確かに彼女の祝辞において、統計についての誤った解釈や男子学生に対する過度な一般化が含まれていたかもしれないが、それは対して重要ではない。なぜなら東大生には祝辞の内容を鵜呑みにしてそれを完全に信じてしまうような馬鹿はいないであろう(そう信じたい)からだ。
私は祝辞において最も大事なことは、話を聞いた人の人生にどれだけ良い影響を与えるか?であるとおもう。内容よりも、結果的にどれだけ聞く側に影響を与えられたかが大事だと思う。
結果として彼女の祝辞は多くの人の記憶に残り、多くの議論を呼び起こした。多くの東大生に性について考えさせ、意見発信させ、彼ら彼女らの知を深めさせた。これは明らかに彼ら彼女らの人生をより良いものに変えたであろう。たった十分ほどのスピーチでここまでの反響を呼んだのだから極めて評価に値する。
東大生ひと学年が一堂に会するのはおそらく入学式と卒業式くらいであろう。そんな貴重な機会を最大限に有効活用したと言える。
私は昨年の祝辞を全く覚えていないが一年後もこの祝辞は覚えている、そんな気がする。

(理Ⅰ・2年、男性、「たいへん評価する」「そう思う」)

 

新入生をやや力強い言葉まで用いてアジることで学問の世界に、言説の世界に引きずり込ませることは、そうした世界に迎え入れられるだけの人として、目の前の人を評価してる(祝っている)ことになると思う(最後の「ようこそ、東京大学へ。」ってフレーズもそういう文脈から出た言葉として読める)ため。

(文・3年、男性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 東大生が祝辞を評価するか否かは、雑ぱくに捉えるならば、祝辞の力強いメッセージと、その主張を裏付ける論理や表現がはらむ問題の、どちらの側面に重きを置いて評価するかによって分かれているといえるだろう。多くの東大生は祝辞の両面を把握しており、評価軸の設定の違いがそのまま回答の相違として表れているにすぎないのではないか。

 

 とはいえ、紹介した記述が示す通り、祝辞を評価する側にもそうでない側にも、その理由にはバリエーションがある。自己の体験に重ねるもの、語られていないものに目を向けるもの、聞き手・読み手への影響まで含めて理解しようとするもの。ここに単純な分類を設けて説明するには、回答はあまりに多方面に及んでいる。

 

 ここで、図らずも東大生は、祝辞で述べられた「正解のない問いに満ちた世界」の一端に立ったといえよう。祝辞を目にした、耳にした多くの東大生が、ただそれを額面通りに受け取るのではなく、自分にしか持ち得ない視点から、独自の解釈を紡ごうとした。このムーブメントが、上野名誉教授が語った「これまで誰も見たことのない知」を生み出す萌芽になっていることは確かなようだ。

 

◇東大生以外の回答

 

女性の違和感を代弁

 

 東大生以外の回答で目立ったのは、自分の違和感が言語化されたと感じる女性の声だった。

 

大学でジェンダーを学ぶ機会があったが、こんなに心に腑に落ちる内容はとても共感が持てたため。家では女の子なんだから短大で良いよと言われて育ちました。(実際には4年大学に通いましたが)実際に社会人として働き始めて、女性だからある業務内容までは教えなくても良いと言われたり、女を利用して仕事してるんじゃないのか?など言われたこともありました。社会に出れば出るほど、女性が向上心を持って行動すればするほど、壁が高くやる気をなくしていました。そうゆう経験を、代弁していただいたような気持ちになりました。

(30代会社員、女性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

私自身が生きていく上での大きな気づきをいただいた為。
涙が出てとまりません。今まで差別を受けていることに蓋をしてきたのだなあ、と実感しました。そして強がって生きてきたのだと気づきを得ました。がんばりかたの方向が見えました。
今回の騒動により、祝辞内容を目にすることになったものの一人として、メッセージを受け取らせていただき感謝しています。(後略)

(40代公務員、女性、「評価する」「たいへんそう思う」)

 

 祝辞は新入生が対象だったが、学外の人にも気付きを与えていたようだ。

 

努力だけではなく、周りの環境によっていかされている。という、自分だけのことを考えるのではなく、周りのことを意識することになった。また、自分の力を自分が勝ち抜くためだけに使わないで。ということばが、中間管理職をしている自分にものすごく突き刺さり、今までの自分の仕方が恥ずかしくなった。
私の中で、こんな世の中に誰がした!と子どもや自分よりも若い人からいわれたら、それは、私達です。という、年齢だとおもっているので、これからは、自分の力な、使い方、いろんな人との関わりかたを見直し、行動したくなりました。

(30代公務員、女性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

東大卒業生です。「努力が報われると思えること自体が恵まれている」という指摘が、自分自身の環境に対して言われているようではっとしました。
「がんばりを自分のためだけに使わない」ことを意識して生きていこうと思いました。

(30代会社員、女性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

 「入学式にふさわしくない」という意見がある一方で、祝辞が「入学式」という場で行われたことを積極的に評価する意見も。

 

おそらく入学生には男女問わずピンとこなかったかもしれない。私が当時の事を思い出してもそうだと思うから。しかし世の中に出る前に伝えておくべき内容であり、いつが一番適切かと考えると合格を掴んで入学するあの場が一番ふさわしいと思う。私も入学時に聞いて知っておいたら、もっと将来の選択の前に考えることができたと思うし、さらに有意義に学生生活を過ごせたかもしれないと思う。

(40代エンジニア、女性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

入学式という「話を聞かなければいけない」「聞かされる」場で、それが何であれ、何かが心に残る内容だと思うから。多分、これから先の人生でふとした時に思い出す内容だと思うし、そうであって欲しい。卒業式ではなく、入学式っていうのがいいと思う。

(40代主婦、女性、「評価する」「たいへんそう思う」)

 

 ジェンダー問題に対し東大が真剣に取り組むことが表明されたと見る意見もある。

 

学校や企業で何か問題や不祥事があった場合、式典で誰かしらそのことに触れ、「改善していく」「二度と起こさない」(のでお前らも意識を共有し協力せよ)などと言うのはどこでも必ずやります。逆に誰も触れないと「問題意識が無い」との世間のバッシングは免れえません。たとえ新入生への祝辞という体裁でも、組織から社会へ向けたステートメントです。上野氏の祝辞の内容と上野氏を指名したことは素晴らしいですが、東大の問題に言及した(させた)こと自体は「普通」「当然」です。

(40代主婦、女性、「たいへん評価する」「たいへんそう思う」)

 

親世代がまだまだ男尊女卑な考え方な為に東大に女子学生が集まらない現実や、医学部差別が起こった現状を、若い世代の人々に是正していって欲しいし、当たり前を享受してる男子東大生に強く意識して欲しいから。
ただ、お祝いの席で言うべき事かとの批判も一理ある。
ただ、東大はジェンダー問題に真摯に取り組むと外部にアピールするには絶好の機会だったと思う。

(50代主婦、女性、「評価する」「そう思う」)

 

男子学生、不利な環境にある学生に配慮を

 

 他方、祝辞に批判的な意見には、根拠の恣意性への指摘に加え、祝福の要素に欠けるというもの、男性や不利な環境にある学生への視点を欠いたというものがあった。

 

東大入学式という注目される場で男女格差に触れること自体は悪くはないと思うのだが、もう少し祝辞の祝いの部分が強調されるべきだったのではないだろうか。

(10代学生(国公立大)、女性、「評価する」「どちらとも言えない」)

 

自分が生徒(所属高は進学校)に生育歴の優位さや無自覚について話をしたとき,つらそうにしているのはむしろ環境の壁を乗り越えて大学第一世代を目指している生徒だったりする。(後からそっと「実は私は」と話しに来てくれたり)だから今は,この中にもそうやって乗り越えた人もいるはずだけれど,という話をする。これらの経験からは,今回のスピーチはただただ優位な立場の学生に向けられており,実はその中にいる不利を乗り越えた生徒への眼差しが一切無いという点では残念。祝辞としては,この中には多様な人達がいるけれども,という前提に立つべきであったと考える。

(50代高校教員、男性、「評価する」「どちらとも言えない」)

 

男子生徒への配慮が著しく欠けている。
男子生徒が全員こうであるといった固定観念があるように見受けられた

(10代高校生、男性、「どちらとも言えない」「どちらとも言えない」)

 

 また、新入生に祝辞のメッセージが届いたかを疑問視する声もある。

 

冷や水をかけたようであるが、スタートにおける心がけとみればかような祝辞もあるのではないか。ただ、入学ばかりで浮かれているだろう入学者にはその思いは届かなかったのではなかろうか。意義深い話であったも届かないとね。

(60代大学教員、男性、「評価する」「どちらとも言えない」)

 

新入生よりも、東大の在校生に話した方が理解が得られる内容だったのでは。

(30代教員、女性、「評価する」「どちらとも言えない」)

 

 東大教員からは、東大の現状が反映されていないという指摘も。

 

東大女子学生に、サークル等での差別があることは、現場教員として何度も当事者から聞いている。それに触れた上野先生の意図は理解するが、何よりも冒頭の発言によって、東京大学の入試自体に(男女差別の)不正があるような主張に読める。これは由々しいことだと、東京教員(編集部注:原文ママ)の一人として大変残念に思う。

(50代大学教員、女性、「評価しない」「そう思わない」)

 

東大の男性社会の中で研究生活をしていても、そんな絵に描いたような女性差別者には現実にはほとんど出会わず、普通に女性を研究仲間として対等に受け入れてくれる人がほとんどなのに、その人達の存在をなかったことにして、今でも根強い差別があるように世間に誤解させるから。悪くない人たち(この場合は男性)のことを曲解して悪者扱いするような論調には賛同したくない。

(30代大学教員、女性、「評価しない」「そう思わない」)

 東大生以外の回答者の多くを占めたのは、すでに社会経験豊富な社会人。それゆえ、自己の経験に裏打ちされた記述が目立った。

 

 祝辞を支持する回答でよく見られたのが「学生のときには分からなかったが、今なら理解できる」という言葉。ジェンダーの問題にせよ、弱者の存在にせよ、社会で身をもって体験した今だからこそ、その重みがよく分かるということだと思われる。将来的に社会を動かすことになる学生に今のうちに知っておいてほしいという願いや、自分自身にとっても意義深いものだったという感想が多く寄せられた所以だろう。

 

 他方、実際の社会を知っているからこそ、それが祝辞に必ずしも正しく反映されていないことが非難されるという側面もある。男女や強者弱者という枠組みで語ることはある程度は避けられないにせよ、正確な認識や相応の配慮が必要であるという意見は少なくない。

 

 支持するか否かを問わず、学部入学式の祝辞に東大生以外からこれだけの反響があったこと自体、上野名誉教授が取り上げた事象が、潜在的に回答者一人一人にとって、ひいては日本全体にとって、切実な問題であったことを物語っているといえるだろう。

***

 このアンケートは、4月18日〜5月10日にかけ、東大生に限定せず全ての人を対象に実施した。Googleフォームで回答を受け付け、東京大学新聞の紙面及びオンライン、SNSで回答を呼び掛けた他、東大生向けにはLINEなどを通じて周知を図った。

 

 属性に関しては、全ての人に年齢(10歳区切り)、性別、学生か否かを聞き、学生でないと答えた人には職業も聞いた。学生と答えた人のうち、東大以外の学生には通学している学校の種類を、東大生(院生含む)には学年と所属を尋ねた。いずれも回答者自身の申告にのみ基づき、実際と異なる可能性がある。

 

2019年5月28日10:45【記事修正】「環境要因、ジェンダー問題の提起に支持集まる」の中で「〜〜批判へ移行しているという捉えた意見もあった。」となっていた誤植を修正しました。

 

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東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析① 回答傾向の分析から

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析① 回答傾向の分析から

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 4月12日の学部入学式で上野千鶴子名誉教授が述べた祝辞は、学内のジェンダー問題や大学で学ぶ心構えを説き、学内外で反響を呼んだ。東京大学新聞社は、この祝辞について東大内外の全ての人を対象にアンケート調査を行い、東大生(院生含む)603人を含む4921人から回答を得た。東大生以外では87.5%が祝辞を評価した一方、評価した東大生は61.7%にとどまり、祝辞への反応の差が浮き彫りになった。東大生の中でも、性別や学年、文系理系によって回答の傾向に相違が見られた。

(構成・山口岳大)

 

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東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析② 回答理由の記述から

 

2019年度入学式の様子

 

 調査では、祝辞について①全文を聞いた、あるいは読んだか②内容をどの程度理解できたか③どの程度評価するか④学部入学式にふさわしい内容だったと思うか─の四つの質問を設け、①以外の三つに関しては回答の理由を聞いた。さらに、祝辞で取り上げられた東大の四つのジェンダー問題について、祝辞以前にどの程度認識していたかも聞いた。

 

◇東大生の回答傾向

 

女性の関心の高さ際立つ

 

 回答した東大生のうち、男性は67.5%、女性は29.9%。祝辞を「たいへん評価する」「評価する」と回答した割合は東大生全体では61.7%だった。性別では、女性で82.2%だったのに対し男性は53.1%にとどまり、女性の方が高く評価していることが示された。祝辞の理解についても、「よく理解できた」「理解できた」を合わせた割合では男女で大きな差はなかったが、「よく理解できた」に限ると、女性が約20ポイント男性を上回り、女性の方が祝辞の内容をより深く理解できている傾向が見られた。祝辞が学部入学式にふさわしい内容だったと思うかについても、男女で約30ポイントの差があった。ただし、女性でも「どちらとも言えない」が13.9%、ふさわしいと「思わない」「全く思わない」が13.3%で、ふさわしいかについては慎重な意見が見られた。

 

 祝辞で上野名誉教授が取り上げた学内の問題については、いずれも「よく認識していた」の割合は女性の方が高かった。特に「研究職・管理職における男女比率の偏り」は、「よく認識していた」「ある程度認識していた」を合わせた割合が、男性では83.3%だった一方、女性では92.8%で、女性の方が9.5ポイント高く、問題の認識に差があることが示唆された。

 

 学部1、2年生に限定し、文科と理科に分けての分析も行った。回答者のうち、文科生は6割に達した。前期教養課程に在籍する全学生中の文科生は4割であることから、理科生に比べ文科生の祝辞への関心が高かったことがうかがえる。さらに性別ごとに文理を比較すると、男女いずれでも、文科生の方が理科生より祝辞を評価した割合が高かった。祝辞を「たいへん評価する」「評価する」とした割合は、文科生の男性で62.4%、女性で80.5%だったが、理科生の男性で52.2%、女性で50.0%にとどまった。祝辞のふさわしさを尋ねた質問でも、同様の傾向が見られた。ただし、理科生の女性は回答者が12人しかおらず、文科生・理科生の女性を単純に比較することはできない。

 

新入生、上級生より高評価

 

 新入生は103人が回答。回答者の女性比率は26.2%で、新入生全体の女性比率18.1%を上回った。祝辞を「たいへん評価する」「評価する」と回答した新入生の割合は74.8%で、新入生を除く東大生の59.3%を15ポイント以上上回った(図1)。ただし、男性で72.4%、女性で81.5%と性別による意識差は新入生にも見られた。この意識差は、祝辞をふさわしいとした新入生の女性が81.5%に上ったのに対し、男性で52.6%だったことにも表れている。学内の問題については、「学生の男女比率の偏り」を除いて、新入生の認知度が新入生以外に比べ低く、今回の祝辞が、新入生が東大のジェンダー問題を知る契機になったといえる(図2)。四つの問題に共通して、「よく認識していた」「ある程度認識していた」を合わせた場合の男女間の差は大きくないが、「よく認識していた」に限ると女性が男性を大きく上回り、新入生の男女間で問題の認識に差があることも明らかになった。

 

 

 

◇東大生以外の回答傾向

 

男女いずれも東大生より高評価

 

 今回は東大生以外にも同様の調査を行い、4318件の回答を得た。うち67.3%が女性であり、特に女性の関心が高かったことが示唆された。世代別では、40代が32.3%で最も多く、30代、50代がそれぞれ22.3%、21.7%と続いた。

 

 祝辞を理解できたかについては、96.6%が「よく理解できた」「理解できた」と回答しており、東大生の92.2%とともに9割を超えた。ただし、「よく理解できた」は東大生以外で73.0%に達し、東大生の50.8%を大きく上回った。

 

 祝辞を「たいへん評価する」「評価する」と回答した割合は、東大生以外で87.5%と、東大生の61.7%に比べ高かった(図3)。性別ごとに東大生と東大生以外を比較すると、女性では東大生82.2%、東大生以外95.0%、男性では東大生53.1%、東大生以外70.9%と、いずれの場合も東大生以外が上回った。

 

 祝辞が入学式にふさわしい内容だったかについても、「大変そう思う」「そう思う」の割合が東大生で51.7%、東大生以外で82.8%と異なった。男女別でも東大生以外の方が東大生よりも男性、女性でそれぞれ22.0ポイント、18.0ポイント高かった。

 

 

20代、30代以降で評価高まる

 

 年齢別(以下、回答者が3人以下の9歳未満、80代、90代を除く)に見ると、祝辞を「たいへん評価する」「評価する」と回答した割合は10代の72.9%を除き、20代以降になるとどの世代も80%を超えた。祝辞がふさわしい内容だったかについても、「大変そう思う」「そう思う」の割合は、10代で60.6%、20代で74.1%だった他は、いずれの世代も軒並み8割を超えていた。男女別で見ると、男性は10代、20代では評価する割合がそれぞれ55.6%、60.3%なのに対し、30代以降は7割を超える。女性の場合は、10代で86.2%、20代以降は90%以上と、世代に関係なく祝辞を評価している傾向があった。

 

 上野名誉教授が取り上げた東大のジェンダー問題に関しては、全体的に東大生に比べ認知度が低く、特に「東大女子が入れないサークル」の問題は44.1%が「あまり認識していなかった」「全く認識していなかった」と回答。一方、「研究職・管理職における男女比率の偏り」については、認知度が東大生で86.2%、東大生以外で83.6%と、2.6ポイントの差にとどまった。

 

 この調査では、東大生の保護者か否かも聞いた。祝辞が入学式にふさわしい内容だったかに「大変そう思う」「そう思う」と答えた割合は、新入生の保護者で78.9%、東大生の保護者以外で84.9%だった。新入生以外の東大生の保護者では81.7%であり、新入生以外の保護者の方がふさわしいと考える傾向がわずかに強いことも明らかになった。

 

◇結果の分析から

 

 東大生については、男性に比べ女性の方が、全学生に占める回答者の割合が高く、祝辞を肯定的に捉える傾向が顕著だった。さらに、学内のジェンダー問題にもより強い関心を持っていることが示された。女性はこの問題においてマイノリティーの立場にあり、祝辞の問題提起をより切実に捉えていたことがうかがえる。

 

 新入生と学部2年生以上の学生で比較したところ、新入生の学内の問題への認識度が相対的に低かった。このことから、今回の祝辞は、新入生が東大内の問題を知る機会として大きな役割を担ったということができる。学生の男女比は容易に認識できるものの、東大の女性が入れないサークルは今回の祝辞によって初めて問題として認識された可能性がある他、2016年の集団強制わいせつ事件は今後風化する恐れもあった。さらに、研究職・管理職における男女比率の偏りは、他の問題と比べると学生には身近でなく、この問題については、新入生に限らず学生全体にとって新たな問題提起となったと考えられる。

 

 学部2年生以上の方が新入生に比べ祝辞への評価が低いことも明らかになった。ここで学部2年生以上が批判を向けたのは、祝辞の主張それ自体よりもむしろ、周辺的な事柄に対してだった。まず、主張を裏付ける根拠が必ずしも説得力を持っていなかった点が槍玉に挙げられることが多かった。祝辞冒頭で触れられた、理Ⅲにおける女子学生の合格率に対する男子学生の合格率1.03倍は統計的に意味を持たないのではないか。他の大学との合コンで東大の男子学生がもてるというのは必ずしも正しくないのではないか。祝辞の趣旨を認めつつも、こうした議論の弱さを指摘する声が多かった。さらに、内容の正否や意義とは別に、それが入学生が祝われるべき「祝辞」という枠組みで捉えられる限りでは評価できない、という意見も多数あった。

 

 東大生以外は、全体的に東大生よりも祝辞を肯定的に捉える傾向があった。東大生の女性も祝辞を評価しているが、東大生以外の女性はさらに高く評価しており、男性の場合も、3人に1人が祝辞を評価していない東大生の男性と比較すると、かなり高い評価を下している。この違いは、東大生以外の中で多数を占めた社会人の方が、社会での経験が豊富であり、問題がいかに深刻であるかを目の当たりにしてきたことに起因していると考えられる。これは、東大生を除いた集団の中で、10代、20代の若い世代よりそれ以上の世代の方が祝辞を評価している割合が高いことからも裏付けられる。

 このアンケートは、4月18日〜5月10日にかけ、東大生に限定せず全ての人を対象に実施した。Googleフォームで回答を受け付け、東京大学新聞の紙面及びオンライン、SNSで回答を呼び掛けた他、東大生向けにはLINEなどを通じて周知を図った。

 

 属性に関しては、全ての人に年齢(10歳区切り)、性別、学生か否かを聞き、学生でないと答えた人には職業も聞いた。学生と答えた人のうち、東大以外の学生には通学している学校の種類を、東大生(院生含む)には学年と所属を尋ねた。いずれも回答者自身の申告にのみ基づき、実際と異なる可能性がある。

 

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東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析② 回答理由の記述から

東大に採用を白紙撤回された宮川剛教授の思い 「採用手続きの改善を」

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 2017年、一度東大から採用を通知された宮川剛教授(藤田医科大学)が、自身が提案した兼任方法を問題とされ、採用を一方的に取り消された。東大と宮川教授は約2年の裁判を経て18年12月に和解したが、東大の労働問題への意識の低さという根本的な問題の解決には至っていないという。宮川教授や東大教職員組合の話などから、今回の問題の経過、東大の体質に迫った。

(取材・中井健太)

 

正式内定前の「採用」連絡が慣例

 

 問題は17年1月11日、当時教養学部・総合文化研究科広域科学専攻の人事委員会委員長だった池内昌彦教授が宮川教授に、教授として「先生に来ていただくことになりました」と連絡したことに始まった。1カ月ほどかけて着任する研究室の採寸や教科書の確認、着任時期の折衝などを行った。しかし2月17日、選考結果を白紙撤回するという人事委員会の判断を池内教授が宮川教授に連絡。宮川教授は最終的に東大を起訴、約2年の裁判を経て和解した。

 

 採用取り消しの直接の理由とされたのは、宮川教授が採用連絡後に提案したクロスアポイントメント(CA)(※注)という兼任の方法だ。宮川教授は面接時、人事委員会に藤田医大との兼任の必要を伝え、了承を得ていたが、CAの提案後、採用取り消しの詳細な理由説明もなく「事前の話と違う」と採用を取り消された。

 

(※注)クロスアポイントメント:研究者が大学や研究機関、民間企業などの二つの組織の間で、それぞれの機関と雇用契約を結び、一定の割合で、両機関が給与を分割して負担する制度

 

 宮川教授はすぐに提案を撤回、通常の兼任という形での東大着任を提案した。しかし人事委員会で白紙撤回が再確認され、委員会は解散。池内教授ら委員会の構成員とも連絡が取れなくなったため、宮川教授は裁判に踏み切った。

 

 

 裁判の和解条項や人事委員会内で、最終候補者決定の段階で候補者にあたかも採用が確定したかのように連絡した池内教授の対応に問題があったとされた。しかし総合文化研究科の場合、最終的に教授会の承認を得るまでに3カ月ほどを要する場合もある(図)。教授会の承認、正式な内定を待っていると新任教員の準備が遅れ、スムーズな着任に支障が出る。本紙の調べでは、人事委員会の決定が覆ったことは教養学部発足以来一度しかなく、人事委員会の決定後の採用連絡が慣例となっていたようである。

 

宮川教授提供の資料を基に東京大学新聞社が作成

 

 宮川教授は手続きの煩雑さが採用決定の遅れにつながっていると指摘。採用確定後に正式な内定通知書をもって内定の連絡とするのが妥当だとした。「教員からしたら安心して着任できるという保証に比べれば、着任日が少し遅れるくらい大したことないでしょう」

 

労働契約への意識課題 法人化前の名残か

 

 東京大学教職員組合の前執行委員長、佐々木彈教授(社会科学研究所)は労働契約に関する東大の意識の低さが、今回の問題の原因だと指摘。「今回は内定取り消しという極端な形として問題になったが、労働条件のすり合わせができておらず、着任時にトラブルになったケースは多い。労働法の専門家が多くいる東大で、このようなトラブルがある、というのは問題にされてしかるべきだ」

 

 契約更新の際に労働条件通知書が交付されないなど、労働法に違反する状態が昨年度まで15年間続いていたこともあった。委員長の鶴田啓教授(史料編纂所)は教授会で、教員を公募する際に給与などの条件をもっと明確にしようと提案したという。しかし国内で事前に条件を明示して教員を募集した前例が多くないため、提案は却下された。

 

 佐々木教授は、東大の労働契約への意識の低さの根本的な原因として、大学教員が国家公務員だった頃の「任用」の名残を指摘する。雇用契約とは違う、行政権の一方的な行使として教官に任用された教授がまだ多く残っている。そのため、労働条件通知書の交付が着任当日で、内定通知書も請求しない限り出ないような現状を問題視する人が少なかったのだという。鶴田教授は「国立大学法人化によってさまざまな分野で適用される法律が変わったが、大きな変更があった会計分野での対応に全学が追われていた。04年当時は労働関係にまで手が回らなかったのだと思う」と語る。

 

宮川教授提供の資料を基に東京大学新聞社が作成

 

大学と研究者は対等

 

 本紙は今回、教養学部に裁判の経緯と、訴訟を経て取った再発防止策などを聞いた。しかし「和解調書内にある『他方当事者に不利益となる言動をしない』という条項に抵触する恐れがある」として取材を断られた。今年度、総合文化研究科に着任したある教員は、内定通知書は出ず、労働条件通知書も着任当日に出るという例年同様の対応であったことを明かした。

 

 宮川教授は総合文化研究科の対応を、和解調書内で謝罪を受けたことなどについて一定の意味があったと評価。一方、対面での話し合いがなかったことなどに言及し「より良い解決法があったはず」と述べ、東大にある種の封建的意識が残っているのではないかと指摘する。「本来アカデミアの世界では大学と研究者の間で交渉による対等な契約がなされるべきだが、日本ではいまだに大学が一方的に条件を決め、着任前の通知すらない場合が多い。このままでは優秀な研究者を確保することは難しい。研究の世界で日本が世界に大きく遅れを取る一因となる」

 

 ブレガム・ダルグリーシュ准教授(総合文化研究科)は東大の教職員採用制度は現在の制度を再生産し続けるように設計されていると指摘する。事前に労働条件の交渉が一切認められず、労働条件の詳細も個々の部局に委ねられているため、組織への従順さや縁故主義を奨励しがちである。その結果、東大内部の組織文化を熟知した人員の採用に偏りがちであり、今日のグローバルな大学組織の成功の上で必須な、外部からのフレッシュでクリエイティブな発想の取り込みを結果的に阻むことになっているという。

 

 皮肉にも今回の争点となったCAが東大から全国に拡大したように、東大が変われば日本の大学全体に影響を与えると宮川教授は主張する。「東大OBとして、研究者として、国民として、東大の労働環境への意識が改善することを期待している。東大で大学と研究者が対等に交渉できるようになれば、少しずつ日本の研究環境も改善し、若手が安心して研究できる社会になるはずだ」


この記事は、2019年4月30日号からの転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

ニュース:東大に採用を白紙撤回された教授の思い 採用手続きの改善を
ニュース:初戦で帝京大に勝利 アメフトオープン戦 後半失速も逆転許さず
ニュース:硬式野球早大戦 2戦で5被弾 打線も沈黙
ニュース:世界初 窒素と水からアンモニア合成
ニュース:労働契約への意識課題 内定白紙撤回 法人化前の名残か
ニュース:患部に薬届けるナノマシン開発
企画:論説空間 近代の天皇の歩みとこれから 象徴的行為の継承へ 山口輝臣准教授(総合文化研究科)寄稿
企画:浮かび上がる多様な文脈 「令和」にまつわる漢籍を基に考察 齋藤希史教授(人文社会系研究科)寄稿
世界というキャンパスで:分部麻里①東南アジア編
飛び出せ!東大発ベンチャー:匠新
100行で名著:適応か、抵抗か 『砂の女』安部公房著
キャンパスガイ:杉山博紀さん(総合文化・博士2年)

※新聞の購読については、こちらのページへどうぞ。

アメフト オープン戦第4戦は法政大に敗戦 完封で3連敗を喫する 

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 アメリカンフットボール部(関東学生1部リーグ上位TOP8)は5月26日、オープン戦第4戦を法政大学(同TOP8)と法政大学川崎総合グラウンドで戦い、0―33で敗北した。東大は昨季TOP8で3位となった強豪相手に得点を奪えず、2戦続けての大敗となった。第5戦は6月15日午前10時45分から、東京学芸大学(同2部リーグ)とアミノバイタルフィールドで戦う。

 

東 大|0000|0
法政大|0714 12|33

 

 ここまでオープン戦3戦を戦い、初戦の帝京大学戦こそ勝利したものの、その後は格上相手に連敗を喫している東大。勝利へ向けて重要な序盤、第1クオーター(Q)は自陣深くまで攻め込まれる場面も見られたが、相手のミスにも助けられ、要所を締めて無失点で終える。

 

 しかし第2Q序盤、相手の確実なランを前に陣地を奪われ、最後は守備陣の間をすり抜けられてタッチダウン(TD)での先制を許す。なんとか流れをつかみたい東大は、自陣4ヤードまで攻め込む相手を食い止めて得点を許さず、横川達月選手(育・3年)がインターセプトを決めるなど、要所にビッグプレーが生まれたものの、得点には結びつかない。

 

 第3Qも攻守で上回る相手に優位に攻撃を進められ、TDで点差を広げられる。続く東大の攻撃は痛恨のインターセプトで終了、試合を通して守勢の展開を余儀なくされる。第4Qもセーフティなどで加点され、終わってみれば4つのTDを決められる完封負け。強豪相手に力の差を見せつけられる結果となった。

 

(吉良椋)


リアルタイムで浸水を予測するシステムを開発

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 関根正人教授(早稲田大学)、喜連川優教授(地球観測データ統融合連携研究機構)らは、東京都23区で発生する都市浸水をリアルタイムで予測するシステムを開発した。このシステムは既に社会実装が可能な段階にあり、今年の6月までに試行運用が開始される予定。

 

 浸水情報を伝えるために作成された既存のハザードマップの多くは、速報性を重視するあまり、予想浸水深の正確性への考慮が足りていなかった。そのため、今回の研究では予測データに工学的に十分信頼がおけて、かつ長期的な使用に耐えうる手法の構築が目指された。

 

 研究グループは水の流れを支配する力学原理に基づいて都市浸水の発生と深刻化のプロセスを予測する「S-uiPS(スイプス)」という手法とその手法を用いた浸水予測のシステムを開発。「S-uiPS」の計算コードを高速化し、リアルタイムでの浸水予測を行うため、国土交通省による「XRAIN」と気象庁による「高解像度降水ナウキャスト」の降雨予報データを使用した。これにより、30分先までの降雨予報の結果を基にしたリアルタイム予測が可能とされる。

 

 このシステムは、豪雨時の都市での浸水被害軽減のために正確な情報を提供し、交通や物流における対処に活用されることが期待されている。今年の試行運用の後は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに安定した運用の実現を目指す。

自分の将来について答えられる? 東大卒業生と現役東大生が本気でぶつかる交流会

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 6月8日(土)、駒場キャンパスのコミュニケーション・プラザ南館(生協食堂)にて、東大卒業生約120人と現役東大生約300人による「交流会」が開催される。「交流会」とは、社会の第一線で活躍する卒業生との交流を通じて、現役学生に将来を考えてもらうことを目的に東大ドリームネットが主催しているイベント。今回で28回目を迎える。卒業生はコンサルタント、ITインターネット、官公庁、メーカー、金融、教育、マスコミなど、さまざまな業種から集まる。文系卒業生はもちろん、理系学生に人気な就職先からもたくさんの卒業生が来る。

 

 「今回ドリームネットとして強く意識したいのは、在学生自身が自らの価値観を内省するきっかけをつくることです」と、ドリームネット代表の村松尭さん(経・3年)は語る。

 前回の交流会でメインのターゲットとしていたのは「自分が何から考えればいいのか分からない人」から「ゴールは見えているがそこにたどり着く道のりが見えない人」まで、幅広い悩みを抱える学生。今回はやや趣向を変えており、来てほしい学生像は「自分の将来についてある程度答えられるが、漠然としていて上っ面なことしか話せない学生」だという。

 

 「例えば『なんか社会貢献したい気がするので官僚とか良いじゃないですか』『経済学部なんでお金欲しいしコンサルとか良くないですか』といった学生はいると思います」。しかし、なぜ社会貢献をしたいのか、なぜお金が欲しいのか、というように問い詰めると、言葉に詰まってしまう人もいる。「そんな人にこそ、一度交流会に来て、卒業生の方のエネルギーや奥深さを感じ取ってほしいです」

 

 この方針は、村松さん自身が東大入学直後に参加したドリームネットの交流会での体験が基になっているという。「当時は先輩に誘われて仕方なく交流会に参加したのですが、良い意味で打ちのめされました。卒業生の熱い思いを聞くたびに、その時の自分との大きな差を感じたのです。『俺は何も考えてない!なんて甘々なんだ!』ってね」。東大に来たのも何となくで、入学後もろくに勉強もせずぼーっと生きていた。卒業生は、そんな自分とは視座の高さ、考えの深さ、エネルギーの高さ、何もかもが異なっていた。

 

 「今回の交流会はかつての私のような人に、その“差”を体感できるものにしたいと思います」。イベントは2部構成。第1部のグループディスカッションでは、卒業生の方に今やっていることやこれからやろうとしていることといった「仕事」の側面だけではなく、そこに内在する思いや価値観、日々生きている中で大切にしていることを語ってもらう。さらに、卒業生と学生が「将来やりたいこと」について気軽に本音で語り合う。第2部では卒業生の学部別懇親会をはじめとした各種の案内やブース設置を行う予定だ。

 

 懇親会は、グループディスカッションでは物足りないディープな会話をする場所で「利害関係のない先輩後輩のつながりができる」という交流会の長所を発揮すべく、より気軽に自分の興味がある分野の卒業生の話を聞きにいけるような工夫を凝らしたものとなっている。

 

 「よくあるただのコンパでも、就活イベントでもありません。1年生は東大への入学そのもの、2年生は進学選択、3・4年生は就活や卒業研究。それぞれが身を置く環境に対して、そこにいる意味を問い直し、その先の自分の将来や自分が大切にしたいものについて本当に考え抜いているのか、化けの皮をかぶっているだけではないのか問い直すための貴重な機会です。いつか考えようとしていたことを、今、考えませんか」

 

【イベント日時・場所】

6月8日(土)13:00~18:30(12:30受付開始予定) 駒場キャンパス コミュニケーション・プラザ南館(生協食堂)

 

【Facebookイベントページ】

https://www.facebook.com/events/422130425017583/

 

【申し込みフォーム】

http://todai-dream-net.com/?fbclid=IwAR1_WSiMPrXE6hEJBmQYSoQCCj1CRw465qJb3S8YpACds838DMznCvW8fRs

 

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「一歩先の自分を考える」 東大生が卒業生と熱く議論 東大ドリームネット交流会レポート

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析③ 自由記述紹介前編(ジェンダー編)

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 東京大学新聞社は、2019年度学部入学式で上野千鶴子名誉教授が述べた祝辞について、東大内外の全ての人を対象にアンケート調査を行い、東大生(院生含む)603人を含む4921人から回答を得た。この記事では、アンケートの末尾に設けられた自由記述欄に寄せられた祝辞への反応を多角的な視点からまとめ、前後編の2回に分けて紹介する。前編ではジェンダー問題についての意見を取り上げる。

(構成・武井風花)

 

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東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析① 回答傾向の分析から

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析② 回答理由の記述から

 

2019年度入学式

 

※凡例

・基本的に原文を尊重し、表記統一は施していない。

・各意見の末尾には、年齢、性別、所属・職業を付記している。

 

女性の実体験の想起促す

 

 アンケートの回答者は、女性が62.7%を占め、またそのうち特に中高年の女性は祝辞に好意的な反応を見せた人が多かった。その背景には、彼女らが日頃感じている女性に対する目に見えない圧力と、それによって苦しんだ実体験が存在する。回答者ごとに多種多様なエピソードがあり、全ての内容を紹介することはできないが、以下に一部を紹介する。

 

 二階の保護者席にいました。後半から何故だかじ〜んときてしまいました。ここで泣くのはおかしいかな、と必死に涙を堪えていたところ、あちらこちらから鼻をすするすすり泣きが聞こえられ、こういう反応は私だけではなかったのだ、と思いました。保護者の知り合いは多かったので、皆さんそのような反応でした。今は仕事を辞めていますが、ここに至るまでに共感することはたくさんありました。(中略)上野さんだけでなく上野さんを呼んだ東京大学にも新しい時代を予感させるとても良い選択でした。私は卒業生ではありませんが、大学は社会学科で当時三十代の上野千鶴子さんを大変頼もしく思っていたので、今回は本当に直接お話を伺わせてもらい本当によかったです。

(50代、女性、主婦、新入生の保護者)

 

すばらしい祝辞でした。私は1980年代に東大を卒業したが、その時は一学年の女子は1割に満たなかった。初めて女子の新入生が200名を超えたとき男の先生たちの中に「東大が女子化する!」「学問の力強さが失われる」「受験秀才ばかりになり、スケールの大きい研究をする者が排除される」と大騒ぎされている方もあった。そのようなご自分の言動を目の前にいる女子がどのように受け止めているかという想像力も働かないのか、とがく然とした。(中略)そのころこのような祝辞を新入生として聞けたらどんなによかったかと残念で、今の学生がうらやましい。しかしその一方で、上野氏に祝辞をしていただき、過去の汚点も隠さず前進する契機とする決断をした東京大学が、自浄能力、向上の精神、学ぶ姿勢を自ら示したことは、卒業生として、特に女子の卒業生として誇りに思い、また嬉しく思う。

(50代、女性、教員)

 

東大だけでなく他大学でも

 

 今回の祝辞は東大生に向けたメッセージだったが、他大学でも同様の男女差別があるようだ。

 

 大学において女性教員は厳しい立場に置かれているという、女性の大学教授からの意見。

 

私の在籍する大学は男性社会です。女は要らないと暗黙の了解で、女性教員を増やすは単なるスローガンでしかありません。数々の嫌がらせの中で生き残っています。しかし次の世代に引き継ぐために踏ん張っています。上野さんの祝辞、昨年のロバート氏の祝辞に続き学生と読んで話し合いたいと考えています。

(60代、女性、大学教授)

 

 東大女子が入れないサークルをはじめとする大学内の男女差別や、女性にとって学力は印象向上につながらないことについて、他大学にもそのような文化が存在するという声も寄せられた。以下に具体的な大学名を出している意見を3件紹介する。

 

(前略)私は東工大女子で、東大女子とある程度同じような境遇なところがある。学内では入れないサークルはあったし、社会に出てから、男女平等ではないことを知った。知らなかったから、あたふたして苦労し、生きづらさも感じた。実際に、鬱になった子や、自殺をしてしまった友人もいる。力になれなかったことを悔やんでいる。
早めに問題を認識するということは、そのための心の準備ができるし新入生にとってもいい謝辞であったと思う。

(30代、女性、IT企業勤務)

 

東大だけでなく京大も似たような問題を孕んでいた。もっと沢山の人にこの事実を知ってもらいたい。これに尽きます。

(30代、女性、会社員)

 

私の所属している早稲田大学でも「ワセ女(早大女子)お断り」というサークルが存在するらしく、先輩で実際にそのようなサークルから加入を断られた経験をした人もいます。これが、決してまっとうなことではないこと、そして私は、同じ早大生でも男子と女子とに向けられるまなざしが違うことを上野さんの祝辞によって気づくことができました。今回の祝辞はもっといろんな人に知ってもらいたい内容ばかりでした。

(10代、男性、私立大学学生)

 

地方の意識差が浮き彫りに

 

 祝辞が大きな関心を集めたとはいえ、広がりには地域によって限界があるのではないかという意見もいくつか寄せられた。性差に対する意識が相対的に弱い地方に住んでいる人にとって、この祝辞は一つの希望であった一方、周囲の環境の旧態依然とした現実に改めて気付かされる契機にもなったようだ。

 

 祝辞をSNSでシェアしたところ、地元の男性から反発があったという記述。

 

上野先生の祝辞をFacebookでシェアし、共感できると発信した。いいね!は多くはなかった。私は人口6千人以下の東北の小さな町に住んでいる。上野先生の祝辞をシェアすることさえ、勇気がいった。想定どおり住民の男性から、上野先生の祝辞は上から目線、東大に入ることが偉いのか…という要旨のコメントが。
このようなコメントが増えていくのは、本意ではなかったし、顔の見える社会で生活していくには、プラスに働くとは思えなかったので、シェアを削除しました。祝辞に賛同することさえ、言えない男尊女卑が日本の現実です。

(50代、女性、地方公務員)

 

 鹿児島県在住の学生からは、地元の問題意識の低さを指摘する声が寄せられた。

 

(前略)私は鹿児島に住んでおり、ジェンダー教育が最も進んでいない県と言っても過言ではありません。そのため、そのような性差別的な出来事は少々目にしてきました。いまだに戦前のようなパラダイムや男尊女卑が存在します。しかし、それを受け入れている、もしくは差別と思ってすらいない女性も存在することも否めません。そのため、環境を変えるよりも、まず一人一人が声を上げるように気づかせることこそが大事ではないかと考えます。

(20代、男性、私立大学学生)

 

海外の視点で日本を相対化

 

 海外と日本を比較する意見も数件寄せられた。はじめに、英国と日本を比較している記述を紹介する。

 

私はイギリスの大学に在学しており、大学に登録されるサークル・団体はすべて加入者に対する宗教の差別、性的嗜好の差別(性別の差別だけでなくLGBTQも含む)、人種の差別を禁止するということが宣言されている環境にいる。私の大学はそれだけでなく、それらの行為が発覚した場合、団体・サークル活動取り消しをかしており、今更上野氏のスピーチを通してそのような秩序が当たり前にあったものではなく、多国籍なイギリスの大学らしい厳しい態度で学内の風紀を保ってくれていたのだと気づいた。
(中略)今回の上野氏の祝辞は日本社会から遠ざかった私にとって逆カルチャーショックだった。(中略)自分の出身国の学術をリードする最難関のアカデミア(東大)がそのような差別溢れる状況であるという現実はあまり聞きたくなかった。まして、今その雰囲気を保存しているのはおそらく私と同世代の日本の学生たちで近い存在。帰国子女がよく鬱陶しがられる“ イギリスでは〜” などという、海外の環境を武器に日本の大学を批判するような文脈をできればいいたくないのだが、どうしても人権や他者へのリスペクトといった大切なことに疎く、無頓着で、そのような環境の被害を受けている人に無関心な印象を日本社会に対してぬぐいきれない。
上野氏のスピーチは少なくともこうした改善するべきポイントに東大祝辞という場でライトを当てたものとして支持している。

(20代、女性、海外大学学生)

 

 米国と日本を比較し、日本では進学に際し女子学生が周囲に足を引っ張られることがあるのに対し、米国では素直に応援してくれるという意見も。

 

この問題への内外の反応を通じて、東大女子学生だった30年前と比べてあまり状況が改善していないことを痛感しました。
現在米国で大学院生ですが、こちらでは女子だろうがおばさんだろうが、上司や同僚、恋人や夫などが第一に応援してくれますが、日本の家族は進学について引けていました。もっと女子にも、年配者にも、その他マイノリティにも、広く高等教育への就学の機会、知的労働への就労の機会が、日本でも開かれることを願ってやみません。それこそが21世紀の日本社会が停滞から脱出し先進国の一員らしく振る舞い、豊かになる鍵だと思います。

(50代、女性、ワシントン大学大学院学生)

 

 東大の女性教員が少ないことに対して海外の研究者から質問を受けたという研究者からの意見。

 

ちょうど先月、海外に行った折に、複数の研究者から「なぜ東大にはあんなに女性教員が少ないのか」という質問を受けました。その場にいる複数の研究者が、そのように認識しているようであり、また過去にも何度か同様の質問を、海外で受けたことがあります。その直後であったこともあり、また、私自身が東大で非常勤ながら勤務した経験を持っているため、上野さんのご意見に深く同意せざるを得ませんでした。(後略)

(50代、女性、研究者)

 

 明らかな性差別にも「これが日本の文化だから(This is Japanese culture)」で片付けてしまう日本のジェンダー環境に疑問を持つ、外国からの留学生の意見もあった。

 

素晴らしいスピーチに感謝します。今こそ、日本社会で女性が直面している差別とジェンダー差別の問題により公然と取り組むときです。私は研究のため日本に住んでいる外国人ですが、日本に滞在している間、上野教授(編集部注:原文ママ)が述べた問題全てに触れました。さらに驚くべきは、日本人(女性を含む)が「これが日本だから」や「これが日本の文化だから」といった体制順応的な発言をし、これらの問題を無視していることです。男性から「あなたたちは、女性だからこそ奨学金がもらえるのだ。政府は自動承認によってパーセンテージを増やそうとしている」という話を聞くのは、うんざりです。ストーカーの話を耳にするのは、うんざりです。男性が普通のことだと考えているからといってセクハラを受けるのは、うんざりです。「研究をやめろ、さもなければ結婚できないぞ」「男は強い女が好きじゃないから、強くあるべきじゃない」などと言われるのは、うんざりです。私はもう、うんざりです。
日本に住んで4年になりますが、私が本来の私のままでいることができ、これらの問題を公然と論じることができるまでは、日本は私のふるさとには決してならないでしょう。(後略)

(20代、性別回答しない、工学系研究科・博士1年)

※英語で書かれた原文を東京大学新聞社が翻訳

 

これからどうするべきか

 

 さまざまな論点からの意見を紹介してきたが、それでは実際に東大の男女差別を改善するためには具体的にどうするべきか。

 

 東大が女子学生を増やしたいなら、例えば「東大女子が入れないサークル」について、大学側が学生に積極的に環境改善を促す必要があるのではないかとする意見。

 

学生自治の観点、多様性の観点から女子学生が参加できないサークルが世の中に存在しても良いとは思う。しかしながら、それらの団体に差異をつけず、学内施設(コート、体育館等)を使用させていたこと、そのことについて、祝辞、セミナー、シンポジウム、提言などで学生に気付きを促す活動を積極的に行ってこなかったこと、上野氏の祝辞への反響により、学生はもとより、大学側にも今後は積極的に取り組むなどして欲しい。少なくてもそんなサークルがある時点で、女子学生が東大を進学の選択肢から外す可能性は高いと思われる。

(50代、女性、不動産業)

 

 大学に加えて学生にもできることがあるのではないかとする意見。

 

学生であれ教職員であれ問題意識を持ったのであれば、まず身近なところからアクションを起こしていくべきだと思う。例えば自分の所属するサークルの在り方を少し見直してみるなど。加えて、学生自治会や大学組織が音頭を取って進めていく面も必要だろうと思う。

(20代、男性、国家公務員)

 

 「男女差別」というと男性側に問題があると考えがちだが、女性自身の行動にも問題があるのではないかという意見もあった。

 

 大学名を言えないのは、女性もどこかで男性に守ってほしいと思っているからではないかという意見。

 

合コンで大学名を言えないと言う女性は実際にいるが、その女性にも守られる立場でありたいという思惑があってのことだと思う。私も有名私大卒で周りにも同様の友人がいたが、対等でいたいという思いがあり、合コンなど出会いの場でも大学名を聞かれれば答えたし、パートナーを探す上でも、対等に支えあえる人を選んだ。女性側も古い慣習にとらわれずに振る舞うべきだと思う。

(30代、女性、営業職)

 

 女性自身も、女性の特権を利用して都合良く逃げるのはやめるべきだという意見。

 

(前略)でも自分自身、どんな不利益を被っても、社会で男性と同じように仕事をしてきました。ただその中で足を引くのは常に女性であったことも忘れてはいけないと思います。
上野さんの祝辞は素晴らしいし、このような取組が行われることは今後もぜひ推進していただきたいです。
一方で、女性も同じような理解、認識を持たなくてはなりません。
都合のよい時にかわいく、都合よく逃げてはいけません。逃げ道を確保しているといっても過言ではありません。
パワハラ、セクハラ、ブラック企業から逃げるな、ということとは全く違います。
女性の特権を利用して、都合よく逃げることを女性自身が止めなければなりません。
今回の上野さんの祝辞で唯一残念なことはその点です。
論点がぼけるからあえてはっきりおっしゃったのだろうと感じますが、ぜひ女性としての認識も改めるべきではないかと思っています。(後略)

(40代、女性、会社員)

 

LGBTQにも目を向けて

 

 また、男女差別のみが問題に挙げられていることに違和感を持つという記述も寄せられた。

 

 上野名誉教授はジェンダー二元論と異性愛を前提とし、同一化しない学生(LGBTQ)を切り捨てているのではないか、聞き手を「正常な国民」として想定し、それをシンボリックな場で話すことに上野名誉教授のナショナリズムを感じる、という学生からの意見を紹介する。

 

内容にはほとんどすべてに賛同します。他方で、次の三点がきになりました。1:上野は男女というジェンダー二元論と異性愛を前提化しており、それに同一化しない、できない新入生、学生を傷つけた可能性はないのか。2:東京大学というある種日本においてシンボリックな場でジェンダー二元論と異性愛を前提化した話をする点に、彼女は聞き手を「正常な国民」として想定しているように思えてならない。その点で彼女の研究上の傾向であるナショナリズムを感じる。3:こうした話をしたことには意味があると信じている一方、まだこんなことを話す必要がある、という点に社会における不寛容がある時期からまったく改善されていないことを突きつけられたような気もしてつらい。実際、上野の話を不快だという男性の院生と話すと心が死ぬ。

(20代、性別回答しない、総合文化研究科・博士3年)

 上野名誉教授の祝辞は、東大内の問題以外に、社会一般で女性が置かれている不利な立場をも議論の対象として明るみに出した。ある人は祝辞を機に自身の体験を想起し、ある人は東大以外の大学・環境にも同様の問題があることに思い至り、またある人は東大・日本と海外・地方との環境を比較・検討した。その思考の幅の広がりから見ても、今回の上野名誉教授の祝辞は多くの人の関心を引き、思考を促す内容だったことは間違いない。

 

 私たちは、無意識に男女差別的な考えをしていたり、抑圧されていたりすることがあると自覚すべきだ。そして、男女だけでなくLGBTQにも目を向ける必要があることも忘れてはならない。このように、一人一人が日本のジェンダー環境について問題意識を持つことが環境を変える第一歩になるだろう。

 

 後編では、祝辞の後半で触れられた弱者と強者についての意見を中心に紹介する。

 

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 東京大学新聞社は、2019年度学部入学式で上野千鶴子名誉教授が述べた祝辞について、東大内外の全ての人を対象にアンケート調査を行い、東大生(院生含む)603人を含む4921人から回答を得た。この記事では、アンケートの末尾に設けられた自由記述欄に寄せられた祝辞への反応を多角的な視点からまとめ、前後編の2回に分けて紹介する。後編では、強者と弱者の問題についての意見を取り上げる。

(構成・武井風花)

 

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東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析② 回答理由の記述から

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析③ 自由記述紹介前編(ジェンダー編)

 

2019年度入学式

 

※凡例

・基本的に原文を尊重し、表記統一は施していない。

・各意見の末尾には、年齢、性別、所属・職業を付記している。

 

祝辞の主題はジェンダー問題か?

 

 今回の祝辞ではジェンダー問題に意識が向きがちだが、祝辞の主題は別の部分にあるのではないかという意見が寄せられた。上野名誉教授が本当は新入生に何を伝えたかったのか。祝辞の主題の在りかはどこにあったのかについての意見を、大まかに2種類に分けて紹介する。

 

東大生よ、「市民的」たれ

 

 東大新入生には、裕福な家庭の出身者や、首都圏の中高一貫校出身者など、比較的偏った世界で育った人が多い。そのため、社会で実際に起きている問題や、見えないバイアス・不公平について知る機会が限られている可能性が高い。そのような新入生に、広く社会状況を把握できる「市民的」な感覚を身に付けてほしいということが祝辞の主題だったのではないか、という意見2件を紹介する。

 

男女の問題だけでなく、世の中には様々なバイアスがあることを、この祝辞から感じ取ってほしいと思いました。この議論がジェンダーの話だけに留められてしまわないことを願います。

(40代、女性、会社員)

 

(前略)上野教授は祝辞の中で「ジェンダー問題」について触れ、それがニュースでは話題になっていたと記憶していますが、読み返して改めて思うのは「社会には不公正なことが満ちあふれている」「外に出て価値観を広げ、日本社会を良くしていこう」というメッセージが読み終えた私の心に大きく突き刺さっている、ということです。ジェンダー問題だけでなく、メディアのジャーナリズムが委縮している問題など、日本の様々な問題に取り組み、声を挙げ、行動していくことの大切さを気付かされました。

(30代、男性、ニューヨーク大学経営大学院学生)

 

 人は他人から評価されなくても存在するだけで皆価値があることに気付き、他者を尊重し、良心を持つよう訴えたものだという意見。

 

東大生を含むエリート男性は,自らが価値ある存在であることを証明しようとして、社会の中で成功するための努力を惜しまないが,他者を価値の有る無しでジャッジし,時には他者貶めるように思う.上野先生の祝辞が彼らに伝えたかったのは,何人も他人から評価されなくても、存在しているだけで十分に価値があることにエリート男性達気づき(編集部注:原文ママ),他者への尊敬と共感を訴えたものだと思う.

(40代、女性、歯科医師)

 

上野氏の研究分野から女性問題から導入するのは妥当なことだと思う。但し本質的には理由は様々だが、努力と能力が必ずしも成功を導く要因となるわけではないことを認識させたかったものだと思う。また成功の定義に関しても個人主義且つ足の引っ張り合いになりがちで冷めた世の中における良心を植え付けようという意図は読み取れた。(後略)

(40代、男性、会社員)

 

東大生よ、「エリート」たれ

 

 新入生への社会からの高い期待を示し、困難な課題を解決し社会的使命を果たすように訴えたもの、つまり「エリート」としての自覚を促しているのではないか、という意見もいくつか寄せられた。

 

3000人の新入生全てに最大公約数的に受け入れられる祝辞では、あまり意味も印象もないものになってしまいがち。上野先生の祝辞は、全員に受け入れられるものではないかもしれないが、ある特定の分野を例に、社会からの高い期待をぶつけ、学生の問題意識やモチベーションにつなげようとするもの。他のどの分野でも同じように課題と困難があり、それに対する高い期待、使命を課せられていることは東大の新入生ならわかるはず。(後略)

(30代、男性、会社員)

 

 「変化の時代」「時代の変わり目」にある現在、答えのない問いに踏み出していく新入生に、新しい問題に対処するパイオニア精神を持つように促すことが、祝辞の主題だったのではないか、という新入生からの意見。

 

世間での評価が「フェミニスト」に限定されていることに納得がいかない。(中略)フェミニズムに関連する話は前半のみにすぎない。むしろ主題は後半にあり、「ようこそ東大へ」は、「先輩」としての立場から、大学での学びを始める新入生に語りかけたのであろう。五神総長の式辞とも被るが、答えのない問題に踏み出していくパイオニア精神がメッセージなのではなかったのではないかと思う。(中略)
昭和から平成への転換期に男女差別が社会問題として広く議論される様になり、男女雇用機会均等法が制定されて、フェミニズム運動上の大きな変革が起こっていた。ちょうどその真っ只中にいたのが上野氏だった。上野氏は、2018年学部入試の世界史第一問(編集部注:19〜20世紀の男性中心の社会で活躍した女性の活動、女性参政権獲得の歩み、女性解放運動について問われた)で問われるような時代に活躍した、過去の、歴史上の人間である。その経験を基に、平成から令和へ、Society5.0(編集部注:内閣府が提唱している、仮想・現実空間の融合により経済発展と社会課題の解決を目指す未来社会の姿)の時代への転換期を迎える新入生に、何かを伝えてくれると期待して、東大は上野氏を招聘したのではないだろうか。入学式全体が「変化の時代」をどう生きるかが大きなテーマだった様子であったし、もしそうであったら、その目論見は大当たりであったことだろう。
上野氏の話を限定的に見たらもったいない。東大の、社会の女性差別は問題である。しかし、それ以上に深い意図があったのではないかと思い、ほかの人の反応やメディアの報道を終始歯がゆく思ってみていました。(後略)

(10代、男性、文Ⅰ・1年)

 

「強者である東大生」と「そうでない人々」の図式

 

 新入生からは、社会的には「強者」と捉えられる東大生となったからには「市民的エリート」として社会の期待に応えよう、と決意を新たにする声も寄せられた。

 

(前略)自分個人の話になってしまうが、私がはっきり他人に「東大です」と言えないのは、自分に自信が持てないからなのだが、先生の祝辞を聞いて、それではいけないのだと思った。私は、東大に受かったのは、本当に自分の力や努力というより、高校の先生方を始めとした方々のおかげだと、「受かった」というより「受からせてもらった/引っ張り上げてもらった」だと思っているが、だからといって「東大生」であることの責任を持たないのは違うと、それは逃げであると、思わされた。「東大生」という銘柄に対して世間が抱くようなイメージや期待に、自分が沿えていない、見合わないと思うならば、「東大と言っても、本当は大したことはないのに。特別視しないでくれ」と思うのではなくて、その期待に見合うような、あるいは自分が胸をはれるような、人間になる努力をここから積むべきなのだと思った。自信がなくても、実際たいしたものではなくても、その肩書きを得た時点で、その期待に内実を合わせる努力をする義務があるのだと思った。東大の言う「市民エリート」とはそのような意味であり、学生はノブレス・オブリージュ(編集部注:高い身分の者には、それに応じた責任と義務があるという考え方)の類を負っているのだということに気付いた。
先生の祝辞を聞けて、入学式に行った意味があったと思った。

(10代、女性、文Ⅲ・1年)

 

 一方、自身がマイノリティーであると感じている人からは、そのような立場にある人々に東大生が目を向けることを期待する声もあった。

 

私は昨年、難病者となりました。仕事へ復帰した際、自分にとっては「精一杯」で「頑張っていること」さえも、見た目も以前と変わらないためか周囲にとっては「怠けている」「以前はもっとやっていた」「早くしてほしい」と捉えられ、投げ掛けられるのはひどい言葉であり「頑張っている」と捉えてもらえませんでした。
教育者でありながらのこの職員の態度に失望し、私も声をあげようと思っていた時にこの祝辞をききました。
頑張っても 報われない わかってもらえない人の一人であり、過度な頑張りをできない(とめられている)者の一人である私からすると、最難関と言われる大学で学び、世に出ていかれる方に是非とも目を向けて頂きたい部分でした。
学生たちだけではなく、私のようなマイノリティーの者、日頃無意識にその差別を当然としている大人たちにまで考え直す良い機会を与えていただきました。本当にありがとうございました。

(30代、女性、小学校教員)

 

東大(男子)=強者という図式に批判も

 

 しかし、「強者である東大生」と「そうでない人々」の図式は、常に成立するものなのだろうか。これについて、何件かの疑問の声が寄せられた。

 

恵まれない人だとか弱者だとかの上から目線含め東大らしいと思った。
東大出身を随分と買い被っているが、東大出の人のその後の不自由を世話してるのは東大以外の人かもしれないのに、とは、思いました。

(30代、性別回答せず、私立大学学生)

 

という東大出身者、東大生が「強者」という前提で話していることに対する批判。

 

 東大生は弱者である場合もあるのではないかという意見もいくつか寄せられた。

 

(前略)ただノブレスオブリージェ的な内容の部分で、東大生は不幸ではない?弱者ではない?という前提で話されていたのは、やや違和感があった。いまなんらかの苦しみを抱えて、自分のことで手一杯な東大生もきっといると思ったので。

(50代、女性、会社員)

 

東大生をアイコンのように扱って欲しくない。一人一人が繊細で未熟な学徒であることを認識した上で、世間ではなく彼らに向けた言葉をかけて欲しかった。アジテーションは対立を招きやすい。それよりも対話を。地方出身で親しい人がいない、障害や病気を持っている(心身どちらも)、経済的に困窮している、など、希望より不安を抱いて入学している新入生のことも考え欲しい。また、世間的には恵まれていると目されていても、学力のみを過剰に求められ苦しんできた人もいるのでは?かれ彼らに、あの祝辞は響いただろうか。「いや、それでも東大生となったからには甘えるな」というのはマッチョ過ぎるのでは?

(50代、女性、コールセンターオペレーター、東大生(新入生以外)の保護者)

 

誰にでもある弱さを気付かせたのでは

 

 これに対して、祝辞では必ずしも「東大生=強者」とは捉えていないのではないか。一見強者に見えても、実際は誰の中にも弱さがあることを認め、行動するべきだということを伝えたかったのではないか、という意見もあった。

 

児童精神科医をしています。
虐待や養育の困難、貧困など、力の歪みを目の当たりにする現場です。
今回の祝辞では、弱さ、しかも救うべき他者ではなく、自身のなかにある弱さに注目したメッセージに感銘を受けました。Malcolm GladwellのDavid and Goliath(編集部注:不利な立場をいかに捉えるべきかを主題としたノンフィクション。表題は旧約聖書『サムエル記』中の若い羊飼いダビデが屈強の戦士ゴリアテを倒すという逸話に基づく)を想起しました。

(30代、女性、医師)

 

(前略)フェミニズムは女性が男性になりたいのではなく、(弱い)あるがままの存在を認めてもらいたい、という主張なのだ、という指摘は今日的です。小さいころから翼をもごうとする周囲と闘ってきた私自身にとっては、前半部分も共感するところは多かったですが、焦点はフェミニズムよりも、後半部分の、弱者を切り捨てないこと、また強がっているエリートたちも実は結構弱みがあるので、そのことを認めて生きていこう、という呼びかけのほうです。本当にいい話だと思いました。

(50代、女性、研究者)

 後編となるこの記事では、前編のジェンダー問題とは異なる視点から、弱者と強者の関係についてのコメントを紹介した。ジェンダー問題に目を向けがちだが、本当の主題は、「強者」たる東大生は「市民的エリート」たれ、ということなのではないか。そして、そもそも「強者」「弱者」とは何なのか、強者に見える人でも本当は弱さを持っているのではないかなど、前編に引き続きこちらも幅広い議論が展開された。

 

 今回のアンケートでは、回答が必須ではないにもかかわらず自由記述にも長文の内容が多く寄せられた。記事をまとめるに当たり、基本的に全回答に目を通したが、一つ一つの内容の濃さに驚かされた。記者自身、祝辞を最初に読んだ時はジェンダー問題に関係する部分に気を取られていたが、主題は別にあるのではないかという意見にはハッとさせられたし、誰の心の中にもある弱さを指摘したのではないかという意見は心に刺さった。個人としても、ここまで多くの人の考えに触れ、祝辞に対して当初よりも多角的な視点を知ることができたのは貴重な経験だった。本記事が記者だけでなく読者にとっても祝辞に関する論点を整理する材料になれば幸いである。

 

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 インターネット上でも大きな話題を呼んだ2019年度学部入学式での上野千鶴子名誉教授による祝辞。ジェンダー問題などに言及した祝辞は、祝辞を依頼した東大本部の危機感の表れと見る向きも多い。果たして上野名誉教授の祝辞は、東大の執行部からはどのように捉えられているのか。東大で男女共同参画を担当する理事・副学長と、階層論研究の専門家である女性の理事・副学長に取材した。

 

(取材・高橋祐貴)

 

松木則夫(まつき・のりお)理事・副学長

 

 男女共同参画室長で東大の男女不平等の改善に取り組む松木則夫理事・副学長は「そもそも祝辞は個人の著作物に当たるため、内容に東大が口を出すことはない」と語る。今回も上野名誉教授の求めで学生の男女比などの数値の確認のみを行い、他の部分には一切介入しなかった。当然、上野名誉教授に依頼を決めた時点で「ジェンダー問題に触れるだろう」とは意識していたが、実際に触れてほしいとは伝えていないという。

 

 上野名誉教授が東大に対して批判的な内容を述べることは十分予想できたが「現状男女比が偏っているのは事実なため、個人的には批判を甘んじて受け入れるつもりでした。結果として、東大におけるダイバーシティ推進へ力強いエールをいただきました」。メディアの報道も意識していたが、これほどまでの反響があるとは思っていなかったという。祝辞が世間の耳目を集めたことで、東大が女子学生を増やすために行っている施策などにも注目が集まり、議論が進展することを期待している。

 

白波瀬佐和子(しらはせ・さわこ)教授(人文社会系研究科)

 

 一方「当初から祝辞への反響を狙っていたわけではない」と語るのは、女性で唯一理事・副学長両方を務める白波瀬佐和子教授(人文社会系研究科)。祝辞を依頼するにあたって、学術的・社会的に多大な貢献がある人物であることが重要なポイントで、上野名誉教授についても日本におけるジェンダー、ケアの研究に大きな功績を残した社会学者である点が大切だと話す。「ジェンダー問題というテーマがあって、人選が進んだという流れではないと私は理解しています」

 

 その上で祝辞の重要なメッセージは後半にあるという。入学式に参加する新入生は多様で「自分が強者だ・特別だ」と思っている人ばかりではないだろう。ただ「階層論研究の専門家として『強者の立場にいること』への自覚は、東大生には持ってもらいたい」。

 

 東大生の生活圏は意外と限定的。小中高大と進学するにつれ、周囲の同級生の保護者の職業が限定的になっていないか東大生に尋ねると、大半の学生は「確かにそうかもしれない」と納得するという。「東大生は自らが思う以上に恵まれた、誰もが簡単に手に入れられるわけではない環境に育ったことを忘れないでほしい。難関をくぐり抜けて高いポテンシャルを持って入学したからこそ、世の中の動きに敏感になり積極的に外の世界に飛び出してはどうか」。上野名誉教授からの祝辞の意味を謙虚に受け止め、自分と違う環境に置かれた人の立場を想像できる他者感覚を持つ学生になってほしいと願う。

 

 上野名誉教授が祝辞の中で触れた東大のジェンダー問題については、松木理事・副学長も白波瀬教授も「対策の効果はまだ見えず道半ば」だとうなずく。特に女子学生の比率向上については「女子学生への住まい支援、女子学生による母校訪問、女子中高生向けのイベントなどさまざまな施策を打っているが一向に結果につながらない。むしろいいアイデアがあれば東大新聞の読者に教えてもらいたいくらいだ」と松木理事・副学長。今後は在学生の母校以外にも東大の宣伝ポスターを送付する、女性卒業生の動向をより広範に把握してロールモデルの発信に努めるなどの施策を打とうかと議論しているという。

 

 五神真総長が役員層の女性比率30%を目指す「30%クラブ」に大学のトップとしていち早く加盟したのも、現状への危機感の表れだ。組織の上層部だけでなく、学生、研究者、職員等のダイバーシティの向上に向けて、改革の道のりはまだ長い。

 

 【関連記事】

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析① 回答傾向の分析から

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析② 回答理由の記述から

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析③ 自由記述紹介前編(ジェンダー編)

東大入学式2019・上野祝辞アンケート分析④ 自由記述紹介後編(強者と弱者編)

 

※東大の女子学生比率向上のためのいいアイデアがある方は、下記の意見送信フォームからぜひご提案いただけると幸いです。

【部員が見る東大軟式野球2019春⑪】新人戦初戦7-1で法政大に快勝 決勝へと駒を進める

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春季阿久澤杯準決勝vs法政大学(5月24日)

 

東大 0 0 0 0 1 0 0 1 5 | 7

法大 0 0 0 0 0 0 0 0 1 | 1

 

 新人戦が開幕、準決勝から登場した東大は優勝を目指しまずは法政大学を迎え撃った。新2年生、そして入部間もない新1年生の初陣に先発したのは1年の木村(理Ⅱ・1年)。打たせて取るピッチングで堂々の三回無失点、試合を作る。しかし東大打線も相手投手の前になかなかチャンスを作れない。

 

 試合が動いたのは五回、先頭の石山(文Ⅲ・2年)が安打で出塁すると二つの内野ゴロの間に三塁まで進塁する。ここで続く打者水田(文Ⅰ・2年)が適時打を放ち東大が先制に成功した。

 

貴重な適時打を放った宮部(理Ⅱ・2年)(写真は軟式野球部提供)

 

 東大は八回に宮部(理Ⅱ・2年)の適時打で1点、九回には代打関口(文Ⅱ・1年)の適時打、水田の犠飛、押し出し四球、そして川野輪(理Ⅰ・2年)の2点適時二塁打などで一挙5点を追加し試合を優位に進めた。

 

 投げては四回から登板した水田が力強い速球とキレのある変化球を武器に六回1失点の好投を見せ、チームを勝利へと導いた。

 

6回を1失点に抑える好投を見せた水田(文Ⅰ・2年)(写真は軟式野球部提供)

 

 2季連続で決勝へと駒を進めた東大の決勝の相手は昨季敗れた立教大学。投打が噛み合った初戦の勢いそのままに優勝を成し遂げたい。

 

文責:軟式野球部 石山雄大(文Ⅲ・2年)

周りの目を気にするな ~科学作家・漫画家から理系へのメッセージ~

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 5月31日、6月1日に駒場Ⅱキャンパスで開催された東大駒場リサーチキャンパス公開。研究者が日頃の成果を発信する一大イベントで、東大の科学研究の盛んな様子が見て取れる。また科学が好き、研究をしたいという思いで集まる理系学生も多く、彼らに対する教育にも東大は力を入れている。しかし、このように理系教育や科学研究が盛んな場所では、理系特有の珍妙な言動や習性(=「理系あるある」)を見せる「理系バカ」が学生や研究者に散見される。今回は理系あるあるを題材にした著作を持つ作家と漫画家に取材した。(取材・村松光太朗)

 

理系あるある① 稲光と雷鳴の到着時刻のズレから計算したくなる?
(by 小谷さん・山本さん)

 

理系の知識を日常に絡める ~科学作家・小谷さん~

 

小谷 太郎(こたに・たろう)さん(科学作家)
Twitter:@tarokotani

 小谷太郎さんは研究生活の間に観察した理系の習性を著作『理系あるある』にまとめた。執筆の動機や、東大の理系学生へのメッセージを聞いた。

 

『理系あるある』(幻冬舎、税込み842円)

研究から著作活動へ

 理学部物理学科の時代から、X線検出器で高エネルギー天体を探る研究をしてきました。博士研究員として国内外を渡り歩いた時期に、他の研究者の書いた原稿の校閲を頼まれました。それが縁で、編集者から「自分の本を書いてみないか」と誘われました。

 話に乗り『宇宙の不思議』(ナツメ社)を執筆し、おかげさまで好評でした。それから執筆の仕事が増え、今では大学教員として講義を行う合間に執筆しています。

 

理系という種族の生態

 この『理系あるある』は理系人の習癖を紹介するスタイルの科学解説です。理系人のばかばかしい言動の意味やどこが面白いのかを知るには、理系的な背景知識が必要です。文系人にも分かりやすく理系の生態を伝える手掛かりとして書いたつもりです。

理系あるある② 花火職人の工夫と技能に対する理系として最大限の賛辞
(by 小谷さん・山本さん)

日常生活と理科が結び付く

 思い返せば中高時代から理系あるあるを体現していました。よく「授業で習うことはつまらない」といわれますが、それが身近なものと結び付くと、生きた知識になります。例えば、走る救急車のサイレン音の変化がドップラー効果で説明できる。文理関係なく多くの東大生には、この「授業の知識を日常に絡めて面白さを見いだす」姿勢を共感してもらえるのではないでしょうか?

 

理系=実家のような安心感

 当時、自分が理系だという自覚はなく、変人と呼ばれる理由がよく分かりませんでした。理解したのは、進級し「理系」と呼ばれる集団に区分されたときです。周囲に自分と近い性質を帯びた人がいて、安心感とうれしさを覚えました。『理系あるある』を理系の人が読んで面白がるのは「自分は理系だ」という帰属感が得られるからかもしれません。

理系あるある③ かんだ後は鼻がヒリヒリする 理系の必携品(関連記事
(by 小谷さん)

世間なんて困惑させておけ

 執筆活動には「科学を伝える」という軸こそありますが、伝えた知識を世に役立ててほしいとは思いません。私自身、天文分野が世にどう役立つか分かりません。学問は役に立たなくても構わず、むしろ社会が学問のためにあると考えます。人間の営みよりも宇宙の法則に興味がある、そんな「理系あるある」な態度が世間を困惑させることも多いでしょうが、どんどんやってください。(談)

理系あるある④ 手足まで描いてあげるとニンヒドリンに
(by 編集部)

 

 

難しそうな世界を面白く ~漫画家・山本さん~

 

山本 アリフレッド(やまもと・ありふれっど)さん(漫画家)
Twitter:@man_arihred

 「この恋、0か1か証明するぞ!」。大学の研究室で理系男女が互いの恋愛感情を証明しようと奮闘するラブコメ漫画『理系が恋に落ちたので証明してみた。(以下、リケ恋)』。作者の山本アリフレッドさんに、作品への思いや理系に対する愛着を尋ねた。

 

『理系が恋に落ちたので証明してみた。』
(C)山本アリフレッド/COMICメテオ (C)フレックスコミックス(税込み616円)

1ページ漫画がきっかけ

 デビュー作の完結後、1ページの漫画を描いてインターネット上に投稿し、多くの反響が得られた作品を基に連載企画案を作ろうとしました。はそのうちの1つで『リケ恋』の原点です。ちょうど編集部から新連載の依頼が入り、人気だったを連載化する流れになりました。

 

『もしも天才科学者が恋をしたら』

自身の大学経験との共通項

 『リケ恋』の舞台のモデルは、私が在籍した埼玉大学工学部情報システム工学科(現・情報工学科)の研究室です。さすがに主人公たちのように過激な理系学生はいませんでしたが、一見イケイケ系のオタク・虎輔(こすけ)は研究室の同輩がモデルです。また作中に頻出する作中に頻出する巡回セールスマン問題は、私の卒業論文の題材です。

 

指数関数的に増える理系愛

 作中の理系ネタは、逐一インターネットで調べたり専門家に聞いたりしています。執筆の準備は正直大変ですが、かけた時間に比例して「理系は面白い」という愛着が強くなります。

 別に「理系の素晴らしさを伝えたい」と思って始めたわけではありませんが、一般的に難しく思われがちな理系の世界を面白おかしく簡潔に伝えることで、読者に理系への憧れを持ってもらえるのなら最高です。

 

理系あるある⑤ 少々とは何だ!有効数字3桁で正確に記載しろ!!
(by 山本さん)

 

人の目なんて気にするな

 「理系あるある」な言動は、頭の良さをひけらかしているように聞こえるとよく耳にします。確かにそのような人もいるでしょうし、そう思われたくない人は慎むべきかもしれません。

 しかし私は、気にせずとも良いと考えます。他人にどう思われようが、自分の興味や世界の真理を突き詰める。東大生なら、物事を突き詰めて考えられる体質や頭脳も持つ人は少なくないはず。日頃からその姿勢を貫き、理系あるあるを体現してください。(談)

理系あるある⑥ ここで本当にうれしいと思えるかどうかが進路を分ける?
(by 編集部)

 東大理系の実態に興味津々だった山本アリフレッドさん。今後『リケ恋』に東大ネタが出てくるかも?


この記事は5月28日号の拡大転載版です。本紙では他にもオリジナル記事を公開しています。

ニュース:東大・女性の82%が評価 上野祝辞アンケート 男性は53%にとどまる
ニュース:芸術創造連携研究機構が発足 創造的な人材育成へ
ニュース:充電中に自己修復 電池の長寿命化に期待
ニュース:アメフトオープン戦 格上・慶大に力負け
企画:写真で見る五月祭
企画:上野祝辞、私はこう見る
企画:周りの目を気にするな 科学作家・漫画家から理系へのメッセージ
研究室散歩:@復興デザイン 窪田亜矢特任教授(工学系研究科)
はじめての論文:橋本摂子准教授(総合文化研究科)
キャンパスガール:髙地美香さん(文Ⅲ・2年)

※新聞の購読については、こちらのページへどうぞ。


本郷キャンパス・工学部5号館で火災か

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 6月10日午後8時ごろ、本郷キャンパス工学部5号館で火災と思われる事件が起きた。午後8時半現在、消防車や救急車、警察車両など10台以上が工学部5号館の付近を中心に活動している。

 

 

 現場の消防隊員によると、詳しい状況は不明だが放水を開始しているという。周辺は数十メートルに渡って立ち入りが規制されている。工学部5号館の中から避難したという学生は「地下で実験をしていると煙が見えた。すぐ避難を促す放送が鳴り、外に出てきた」と話す。中には実験途中にゴーグルを着けたまま避難した人や、避難したものの帰宅に必要な荷物や金銭がなく途方に暮れる人もいた。

 

 

【10日午後11時30分追記】

 10日午後10時半現在、工学部5号館周辺の立ち入り規制は解除されたが、現場の消防隊員によると現在も残火処理をしているという。工学部5号館内への立ち入り規制は続いている。

西成活裕教授インタビュー 渋滞学・無駄学の第一人者に聞く 流れを見渡す重要性

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 去りゆく「平成」と新たな「令和」が交わる今年の五月祭は「〈おもしろい〉が、交差する。」がメインテーマ。そこで今回は「渋滞学」や「無駄学」の生みの親である西成活裕教授(先端科学技術研究センター)に、学生時代の思い出や研究についてお話を聞き、西成教授が出会った〈おもしろい〉を探る。

取材・杉田英輝 撮影・山口岳大)

 

西成 活裕(にしなり かつひろ)教授(先端科学技術研究センター)
95年工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。ドイツのケルン大学客員教授などを経て、09年から現職。日本国際ムダどり学会会長も務める。

 

学生時代 多忙の中人脈築く

 

──東大の授業で印象に残っていることは何ですか

 まだ学者だった舛添要一さんや、シェイクスピアの翻訳で有名な小田島雄志さんといった名物講師の授業を受けるのが面白かったです。数学の授業で予習せずに難問を黒板にすらすら解くような天才的な友人たちとの日々も刺激的でした。好奇心の塊で、全学部の授業を受けていました。

 

──五月祭での思い出は何ですか

 所属していたラグビーサークル・Arms ParkとE.S.S.で出した模擬店です。五月祭は女子の少ない東大で彼女を作れるチャンスだったので、張り切って売りました(笑)。 学園祭後に開いた合コンも盛り上がり楽しかったです。

 

──勉強以外に打ち込んだことはありますか

 サークル活動はもちろん、歌が趣味だったので地域の合唱団で活動していました。家庭教師や塾講師のアルバイトもこなし、塾では講師の中で一番人気にもなりました。午前中は授業をたくさん取り、午後はサークルかアルバイトという感じで忙しく、充実した大学生活を送っていました。

 

──在学中に影響を受けたものは何ですか

 『三国志』を読んで人生観が変わりました。スケールの大きさに感動し、大きな目標を掲げ、それを見失わぬよう先を見据えて行動する大切さを学びました。他にも、専門のみを探究する科学者を批判した『科学者とは何か』に感化され、専門外でも興味のある授業に片っ端から出ました。人間関係では、サークルなどで築いた人脈がその後に生き、今は「東大でよかった」と思っています。人脈は東大で得た財産です。

 

──学部学生時代はどんな進路を描いていましたか

 入学時は宇宙に興味があり、漠然と天文学の研究を目指していました。しかし勉強するにつれ、天文学には物理が必要で、物理の土台は数学であると分かり、基礎の探求を志しました。一方「そんなに勉強して何の役に立つの」という母の問いにはっとさせられ、実用的な学びもしたいとも思っていました。基礎と応用の両方を学べる分野を考えた時に思い至ったのが、航空宇宙工学だったのです。

 

──後期課程や大学院での学びでその後に生きたと思うことは何ですか

 実際に航空宇宙工学を学ぶと、実践的な内容が多く驚きました。その反面、飛行機が機能するには個々の部品を最適化するだけでなく、全体が調和しているかどうかにも留意することが大事だと気付きました。この「物を総合的に見る力」はその後に大いに役立っています。4年生の五月祭ではクラスで飛行機の模型を使い空気の流れを可視化する風洞実験を実演し、一般の人と交流できたのもいい経験でした。

 

研究生活「詰まり」解消へ

 

──渋滞のメカニズムに興味を抱いた経緯は何ですか

 修士課程2年の夏、広田良吾教授の研究者の本音を語る講義がきっかけで、応用数学の中でも物質の流れを数学的に解く「ソリトン」に目覚めました。しかし物質の流れは既に長い間研究されていたので、自分のふに落ちる方向性が定まらずひどく悩んでいました。そんな折、ふと物の運搬や人の移動も「流れ」であるとひらめき、渋滞を研究しようと決心しました。もがいていたからこそ偶然が訪れたのだと思います。

 

──渋滞の研究でどんな知見が得られましたか

 一言で言うと「急がば回れ」です。人は渋滞にはまると早く前に行きたがりますが、自分だけの利益を優先すると全員が損をします。興味深いことに、あえて車間距離を空けるという逆の行動を取ることで、実は渋滞は緩和されます。目先の利益にとらわれず、時には先に損をすることで、結果的に得をすることができるのです。

 

──「無駄学」提唱のきっかけは何ですか

 元々は工場の物流を向上させる研究から始まりました。在庫の余剰を減らすためにある工程を部分的に改善しても、他の工程が生産性の向上に追いつかず、新たな無駄が発生します。工場全体の生産の効率化には全工程を見ることが不可欠ですが、効率的な工程の実現はそれまでベテランの経験に頼っていました。そのノウハウを数値化して吸収したのが、無駄学です。一歩引き、トータルで流れを見渡す力の重要性は、渋滞学と通底しています。

 

──現在はどんな研究や仕事に携わっていますか

 現在は物流の研究をしています。人手不足などで危機的状況にある日本の物流を何とかしたいと思い、企業や国と連携して具体的な対策を練っています。東京オリンピック・パラリンピックの委員会にも所属し、これまで積み重ねた知見を生かして渋滞の予防策を立案しています。世の中の「詰まり」を解消し、人や物の流れをスムーズにすることがモットーです。

 

──最後に、東大生にメッセージをお願いします

 今の学生の皆さんはいい意味で真面目だと思います。私の学生時代は皆もっと自由で、好きなことをやっていました。同じクラスには突然シルクロードに旅に出掛け、そのまま帰らなかった人がいます()。皆さんももっと自分のやりたいことを自由にやっていいのではないでしょうか。Educationの原義は「外に引き出す」こと。私は皆さんの興味を引っ張り出し、応援しています。


この記事は5月14日発行号からの転載です。本紙では他にもオリジナル記事を公開しています。

インタビュー:渋滞学・無駄学の第一人者に聞く 流れを見渡す重要性 西成活裕教授(先端科学技術研究センター)
ニュース:四死球相次ぎ連敗 硬式野球慶大戦 打線の逸機目立つ
ニュース:ぜんそくの悪化を抑える因子発見
企画:〜五感で楽しめ〜 編集部が選んだおすすめ企画
企画:虫を利用したリサイクル 総長賞受賞者たちの研究①
企画:歴史の審判を待つ 日本史の観点から探る出典選定の意図
企画:本郷キャンパスマップ
サーギル博士と歩く東大キャンパス:①本郷キャンパス赤門
キャンパスガイ:内山修一さん(工・4年)

※新聞の購読については、こちらのページへどうぞ。

有機ELの新たな発光機構を発見-三重項励起子を低電圧で選択的に形成-

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 木村謙介さん(新領域創成科学研究科・博士課程3年)らの国際共同研究グループは、有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)デバイスにおいて重要な役割を担う三重項励起子を低電圧状態において選択して作り出すことが可能な新たな機構を発見した。成果は13日付けの英科学雑誌『ネイチャー』に掲載される。

 

 有機ELとは有機分子に電流を流すことで発光する現象。スマートフォンの画面に応用されるなど、次世代ディスプレイや照明パネルにおける技術として実用化や商品開発が進められている。

 

 有機ELはマイナスの電荷を持つ電子とプラスの電荷を持つ正孔が互いに束縛されて形成する励起子が発した光を利用する。励起子には蛍光を発する一重項励起子とりん光を発する三重項励起子の2種類がある。現在主流のりん光を用いた有機ELデバイスは蛍光を用いたデバイスより駆動電圧が高く、さらにエネルギーが高い青色のりん光材料は商用化が困難であるといった問題があった。

 

 今回の研究では、ナノメートルスケールの空間分解能を持つ走査トンネル顕微鏡をベースとした発光分光法を開発。2種類の励起子のうち三重項励起子の方がエネルギー的に低いことに着目して三重項励起子の形成過程を単一分子レベルで詳細に調査した。結果として、三重項励起子を低電圧で選択的に形成できることを理論的に証明した。

 

 三重項励起子形成の新たな機構が発見されたことにより、現在よりエネルギー効率の良い有機ELデバイスや青色のりん光材料の開発、商用化が実現する可能性がある。注目を集める有機ELデバイスの革新につながるとして期待される。

【セミが見た高知①】高知県知事、駒場に来たる!!

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筆者。小学校5年のころから「セミ」の研究に取り組み、今年で11年目だ。

 

なんで高知やねん!

 

 高知と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?「坂本龍馬、四万十川…そういえば『県庁おもてなし課』の舞台って高知だったけ?」数カ月前、僕の中での高知へのイメージといえばそれくらいのものだった。

 

 この連載は『セミが見た高知』と題する以上、高知をテーマにしたものだが、高知に行ったことも、高知のことをほとんど知りもしなかった僕がなぜ高知について書いているのか?それは、偶然ある講演会のチラシを目にしたことがきっかけだ。

 

「高知県知事、駒場に来たる!!」

 

 「へー、知事が来るんや」高知県について何気なく調べてみた。人口は約72万人、人口減少率は西日本ワースト、けっこう大変らしい。しかし、何がというわけではないけれど、自治体のHPや関連する記事を見ていると、なんだか引っ掛かるものがあった。「なんか面白いかも。」別に根拠があったわけでもない。ただ、不思議な引っ掛かりを覚えたのだ。僕は講演会に「潜る」ことを決めた。

 

 そして、せっかく知事が来るんだ。何か面白い提案をしようと思った。

 

 大学入学以来、こんな調子で「名刺アタック」を重ね、得難い人生のお師匠さん、先輩、経験を得てきたのだ。三重出身の田舎大将だもの、(母校の)先輩は数少ないし、チャンスは待っていても来ないから。

 

 今回、ふと浮かんだのは半年ほど前に考えていた「若者会議」だ。三重県伊勢市で生まれ育った僕は、「地方」について日々関心があるので、(生活費や研究費の支援を頂いている)孫正義育英財団の友人たちと、若い視点を、その地域の出身かどうかに関わらず、自治体の政策決定過程に取り入れるべきだという「若者会議」を地元を中心に提案してきた過去があった。「高知の人たちなら受け入れてくれるんじゃないか」そう思った僕は、友人であり、ライバルの川本亮(アブを使った食品リサイクルプロジェクト・Grubinの代表。この1カ月ほど前に「これからの日本について」アツく語り合っていた)に声を掛け、知事の講演が終わったタイミングで「名刺アタック」をすることに決めた。

 

 この連載は、高知と縁もゆかりもなかった一人の「セミ少年」が、高知の人たちの温かさにふれ、高知にほれ、現実の厳しさを知り、地に足つけて取り組む過程を通して気づいた大切なことを伝えたい、そんな思いで始めるものだ。

 

そもそもお前誰やねん!

 

 ここで少し、自己紹介を。僕、矢口太一は現在、東京大学工学部機械工学科3年生。三重県伊勢市出身。小学校5年生から「セミの研究」をはじめて今年で11年目になる。現在は孫正義育英財団の正財団生として、多方面でのご支援を頂きながら研究などの活動に取り組んでいる。他にも地元三重で県庁との教育プロジェクトを立ち上げたりしている。

 

 周りからは「セミ」として通っている矢口太一が、ふるさとや地方に貢献したい!という思いから始まった取り組み。高知で「あーでもないこーでもない」と言いながら、力になってるんだか、迷惑掛けてるんだかわかんない。でも、そんな僕を温かく受け入れてくれる皆さんとのやり取りの中で、大学にいては決してわからない学びがたくさんあった。その中から一つでも多くを皆さんにお伝えしたい。

 

知事を直撃!

 

 講演会当日。前日夜に提案を川本と書き上げたばかり、遅刻気味に駒場へ向かった。そして講演会終盤、「おい……まじかよ……」せっかくの提案書を印刷し忘れていたことに気づく。大失態である。そんなことを思っているうちに講演会が終わり、知事が足早に教室を出ていく。「ええい構うもんか、いったれ!」

 

「知事、1分時間をください!」

「セミの名刺」を渡し(ちなみに川本は「アブ」の名刺である)、iPadに映した提案を説明。

「面白い、ぜひ高知の枠組みを使ってください」

しかし、頂いた知事の名刺にはメールアドレスがないことに気づく。これでは連絡できない。

「提案書を印刷し忘れてしまったので、メールでお送りしたいと思います。連絡先を教えていただけると..!」 

逆転の発想である(笑)。

 

高知を僕らで変えてやる

 

 そして日を置くことなく、僕と川本は、高知県東京事務所の沖本健二所長、松本和久副所長をはじめ皆さんとの打ち合わせに入った。

 

「君たちの力を貸してほしい」

 

 沖本所長、松本副所長は今までの僕の「公務員」のイメージと違っていた。「やっぱり、高知は何か違うぞ」そう確信した瞬間だった。

 

 「高知県の現状は非常に厳しい。そのことを知ってほしい」中山間地域の過疎化、学校の統廃合、地方の典型的な課題が山積みになっていることを知った。

 

 「まずは東部を見に行ってはどうか」四万十川があるのは西部である。かろうじて室戸という地名を聞いたことがある程度だった。

 

 びっくりするくらいの速さで、高知県東京事務所の皆さんのご支援が決まり、3月中旬に高知に訪問することが決まった。知事に提案をして、2か月が経っていない。

 

 「僕たち、若い力で高知を変えて見せる。「高知若者会議」を作るんだ」鼻息荒く事務所を後にしたのを覚えている。

 

 既存の枠組みも、プログラムも一切ない。筋書きなんて一切ない冒険が始まった。

 

教養学部創立70周年記念シンポジウム「学際知の俯瞰力―東京大学駒場スタイル」を7月7日(日)駒場Ⅰキャンパスで開催

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 東大教養学部の創立70周年を祝し「学際知の俯瞰(ふかん)力―東京大学駒場スタイル」と題したシンポジウムが駒場Ⅰキャンパス講堂(900番教室)で開催される。開催日7月7日は新制東京大学の第1回入学式が挙行された1949年7月7日からちょうど70年の節目に当たる。

 

 シンポジウムでは、教養学部に縁が深く、現在第一線で活躍中の研究者や教養学部の教員が登壇し、教養学部が置かれる駒場における研究・教育の意義と魅力をさまざまな視点から解明する。

 

 当日は、駒場の研究・教育活動を俯瞰する70周年記念出版物として刊行予定の『東京大学駒場スタイル』(東京大学出版会)を披露する場も設けられる。

 

第1部「創立70周年によせて-駒場へのメッセージ」 13:30〜15:00

 

 駒場ゆかりの研究者らが、これまでの駒場での教育と研究の経験や、これからの駒場に期待することなどについて語る。まずは五神真総長と太田邦史教養学部長のあいさつ。続いて、教養学部出身で、2016年に「オートファジーの仕組みの解明」でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典特別栄誉教授によるビデオメッセージが上映される。

 

 記念講演では2人が登壇。2003年から2005年まで総合文化研究科長・教養学部長を務め、東大理事・副学長も歴任した浅島誠名誉教授が「駒場に期待すること-教養知と環境」と題した講演を行う。同様に、2000年から2017年まで教養学部で国文学を教えていたロバート・キャンベル名誉教授が「共感できない人が隣にいる。ライン交換、どうしますか?」と題した講演を行う。

 

第2部「駒場スタイルの未来」 15:15〜17:00

 

 駒場の現役教員や駒場に縁が深い作家が登壇し「駒場スタイル」と呼ばれる、駒場におけるユニークな研究・教育活動について議論する。「駒場スタイル」とは何か、どう社会に発信できるのか、今後どう発展するのかを多角的な視点から眺める。コーディネーターは武田将明准教授(総合文化研究科)が務める。登壇者は以下の5人。

 

・東浩紀氏(批評家、作家、ゲンロン創業者)

・岡ノ谷一夫教授(総合文化研究科、専門は生物心理学)

・鹿毛利枝子准教授(総合文化研究科、専門は比較政治学など)

・金子邦彦教授(総合文化研究科、専門は非線形・複雑系の物理)

・西崎文子教授(総合文化研究科、専門はアメリカ政治外交史・アメリカ研究)

 

▽基本情報▽

 7月7日(日)13:30〜17:00、駒場Ⅰキャンパス講堂(900番教室)で。参加無料、申し込みは下記ウェブサイトから。定員600人(先着順)。特別な配慮を必要とする場合、申込は6月16日(日)まで。

 

一般向け申込フォーム https://forms.gle/ZjgMgTkLPZmFbdGW7

学内教職員・学生向け申込フォーム https://forms.gle/P8DjjDPP1Dn8aLTV8

 

▽問い合わせ▽

教養学部等事務部総務課

広報・情報企画係

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