Quantcast
Channel: 東大新聞オンライン
Viewing all 3380 articles
Browse latest View live

「僕は日中友好という言葉は嫌い」中国で活躍するドキュメンタリー監督・竹内亮さんインタビュー

$
0
0

 「世界に“和み”を広げたい。異文化への偏見を、我々の映像で“和らげたい”」。そんなコンセプトを元に株式会社ワノユメを立ち上げ、中国でドキュメンタリー番組『我住在这里的理由』(『私がここに住む理由』)を制作する竹内亮さん。かつて日本で『未来世紀ジパング』や『ガイアの夜明け』の制作に携わっていた竹内さんは、中国に住む日本人や日本に住む中国人に密着し、異国の地で頑張る彼らを等身大に描いている。中国の大手動画サイトbilibiliやYouTubeなどで公開されている同番組は中国で大きな反響を呼んでおり、動画の再生回数は約5億回に上る。「影響力のある旅行動画ベスト10」に選ばれたほどだ。体験活動プログラムを通じた東大生との交流もある竹内さんに、番組にかける思いや中国や世界との向き合い方について話を聞いた。

(取材・楊海沙)

 

写真は竹内さん提供

 

──竹内さんは日本にいた時から中国に関する番組を制作しています。そもそも中国に興味を持ったきっかけは何でしょうか。

 中国人の妻がきっかけですね。番組制作時に通訳として雇ったときに出会いました。もともといろんな国に行って番組を作りたいという夢はありましたが、中国に特化していったのは完全に彼女のおかげです。やっぱり好きな人がどんなところで生まれて、どんなところで育ったのか知りたいじゃないですか。そんな個人的な興味から入り、だんだん中国の長い歴史やスケールの大きさという、取材してもしきれない奥深さに引かれていきました。

 

 

中国で受けた衝撃がきっかけに

 

──そんな中でなぜ中国で『私がここに住む理由』を制作するに至ったのでしょうか。

 2010年にNHKで『長江 天と地の大紀行』という番組を制作するために、1年間かけて長江流域に住む人々の生活に密着しました。そこで、現地の人が現代日本について何も知らないという現実を知ったんです。僕が日本人だと分かると「小日本」「日本鬼子」(中国人が日本人に対して使う蔑称 )と言われたり、「高倉健や山口百恵は元気か」と聞かれました。

 

 もともと、1980年代には日本ドラマが中国に入ってきて、日本ブームが起こったんです。しかし1990年代の愛国教育や2000年代の日中関係の悪化などを背景に日本の情報がそこで止まってしまいました。そんな事情があって2010年当時の時点でも1980年代の日本の話しかされないことにショックを受けました。

 

 そこで「現代の日本文化や日本人のあり方を中国人に伝えたい」と思い、中国人向けに日本を紹介する番組を作ることを決意して2013年に南京に引っ越したんです。当時は中国語が片言しかできなかったので、まずは南京大学に入学して中国語を学びました。

 

写真は竹内さん提供

 

──『私がここに住む理由』という番組名にもあるように、人々がその地に住む理由に着目したのはなぜでしょうか。

 単純に現代日本の文化を中国人に伝えたい時に、日本文化そのものを説明するのは難しいし興味も集めづらい。例えば歌舞伎だけを撮影しても「何これ知らない」となると思います。どうやって日本文化に興味を持つハードルを下げるか考えていた時に、妻が「日本に住む中国人の視点から描いたら」と提案してくれたんです。同じ歌舞伎でも、歌舞伎座で働く中国人の目線で描けば一気にハードルが下がりますよね。僕はもともと人を撮るのが好きでしたし、日本に住む中国人の目線で描くことにしました。

 

 

全ての主人公がいとしい

 

──『私がここに住む理由』の制作において、どのようなことを心がけていますか。

 一番大事なのは密着する主人公をどう選ぶか。主人公でその回の人気は大体決まりますから、そこに視聴者に共感してもらえる物語があることが絶対条件です。苦労話や貧乏でありながらも自分の夢をかなえようとする物語など、目標に向かって頑張っている人を取り上げることで視聴者の多くを占める若者の励みになるものを作りたいと思っています。

 

 この番組に台本はありません。人と人とのコミュニケーションをリアルに撮影するために事前に余計な情報は入れないようにして、主人公とはその場でゼロから関係を作ります。そして極限までリアルに撮るために、普通のドキュメンタリー番組とは違いスタッフ総動員で撮影します。

 

写真は竹内さん提供

 

──これまでの回の中で、特に視聴者からの反響が大きかったものを教えてください。

 一番再生回数が多かったのは、中国で乃木坂46の齋藤飛鳥さんやGENERATIONS from EXILE TRIBEの片寄涼太さんに密着したスター編ですね。一般人でいうと、中国で暮らす日本人に密着した中国編の人気が高いです。もともと日本に住む中国人に密着するものがメインでしたが、スピンオフ企画として中国編を作ったらかなり受けました。今では中国編と日本編を約半々の割合にしています。

 

 

 中国人が日本に行く大体の理由はお金儲けのためか夢を追いかけるためのどっちかです。それに対し、日本人が中国に住む理由は本当にバラバラなんです。例えば、定年退職後に大してもうからず中国語もできないのに武漢でカレー屋をやっているおじいちゃんとか。中国人からすると理解不能ですよね。このように、日本人が中国に住む理由は、中国人の想像をはるかに超えてくるんです。それが面白くて、視聴者に受けたのではないかと思います。

 

 

──竹内さん自身の印象に特に残っている回はありますか。

 ありません。僕にとっては全ての主人公がいとしく、大切な人たちなんです。 それぞれの主人公に学ぶことがあって面白いです。取材が終わるともう連絡を取らないっていう人はほぼゼロで、一緒に新しいビジネスを始めたりすることもあります。単に取材側と取材先という関係ではなく、基本的にずっと友達です。

 

 

中国の「庶民」にも目を向けて

 

──中国人と日本人の間では、お互いの国に対する興味にどのような違いがあるのでしょうか。

 中国人の若者は漫画、アニメ、ドラマ、ゲーム、芸能人、グルメなど日本のポップカルチャーが好きですね。90年代の若者は日本のアニメを見て育っていますし。日本が好きな中国人はマニアックなところまで知っていて驚かされます。

 

 一方で日本人は中国の文化にあまり興味がないですよね。文化に興味があるといっても三国志などがほとんど。文化面で中国の特集が組まれている日本のテレビや雑誌って少ないですし。多くの日本人はあくまでもビジネス相手として、中国の経済や先進的な技術への関心を持っています。

 

──竹内さんは中国のどのようなところを日本人にもっと知ってほしいですか。

 生活や文化についてもっと知ってほしいです。日本のメディアを通じて中国の政治経済といった表面的な部分しか見ていない人が多いと思います。中国が閉ざされていて何を考えているか分からず、怖い国と捉えている人もいますよね。もっと「老百姓」(=庶民)を見てほしいです。彼らは普段、政治とは何の関係もないですし。

 

 日本人にもっと中国を知ってもらおうと、『私がここに住む理由』の日本語版も制作中です。そもそも中国に関心がない人が多いので、人々の物語を通じて中国に興味を持つきっかけを与えられたらと思います。

 

写真は竹内さん提供

 

──竹内さんは中国のどのようなところに魅力を感じていますか。

 まず、中国人の正直な性格に引かれています。日本人って、奥歯に物が挟まったように本音を言わなくて、何を考えているか分からない人が多いじゃないですか。僕は正直に生きてきたので、中国人の素直にバシッと言う性格に合います。変に探り合いを全くしないので人間関係にストレスがたまることもほとんどなく一緒にいて気持ちいいですね。

 

 加えて、中国はスケールが大きくて楽しいです。やることがとにかく大胆で、発想が面白いんですよ。例えば、最近中国のある大手メディアから、10世帯の家族を10年間追うドキュメンタリー番組の企画を持ちかけられました。そんなにスケールの大きい話はそれまで聞いたことがなかった。まず、日本ではあり得ません(笑)

 

 ただ、「本当にそれをやるの?」という眉唾ものもありますし、途中で投げ出すものもあります。それに対し、やると決めたら絶対にやるというのは日本のいいところだと思います。

 

写真は竹内さん提供

 

──今後の日本と中国の関係を考える上で、どのようなことに心がければいいのでしょうか。

 まず、僕は「日中友好」という言葉が嫌いです。元々はいい言葉で言葉自体に何の罪もないと思うのですが、あまりにも安易に使われすぎていると思います。大して日本や中国が好きでなくても、表面的に「日中友好」をうたってイベントを行ったり利益を得ようとしたりする人が多いように感じます。そういう人には、「本当に日中友好を考えているの?」って思ってしまいますね。

 

 そして、「日中友好」を前提に人付き合いをしたくないです。僕だって、嫌いな中国人はいます。「日中友好」というと中国人全員と仲良くしなければいけない感じがしますが、好きな人とは付き合うし、そうでない人とは付き合わなくていいのではと思います。幼稚園の時に友達100人作ろうとするのとは話が違いますからね。

 

 政治的な関係には波があります。1980年代に関係が良くなって、1990年代にちょっと悪くなって、2000年代に超悪くなって、そのあとちょっと改善したけど、2010年に尖閣諸島問題で悪くなって、またそこからどんどん良くなっているというように。良くなったり悪くなったりの繰り返しだし、もう国同士の関係は気にしなくていいんじゃないですか(笑)「中国」をひとくくりにして嫌いになるのではなく、個人同士で関係を築けばいいと思います。

 

世界と本気で向き合えているか

 

──竹内さんは東大の体験活動プログラムの一環としてワノユメを訪れる東大生と交流しています。東大生との交流を通じて感じたことをお聞かせください。

 一番衝撃的だったのは、数年前に訪れた東大生たちの8割くらいが南京大虐殺のことをほとんど知らなかったことです。知らない彼らが悪いというよりは、日本の教育に問題があると思います。授業や教科書でしっかり教えていれば、東大生はちゃんと覚えているはずなので。

 

 一方で東大生から積極的に質問が出て、中国について知りたいという思いはすごく伝わってきて良かったと思います。ただ、あくまでも興味を持っているだけという人が多く、実際に中国で何かをしたいという人は予想より少なかったですね。どうするかはそれぞれの自由ですが(笑)

 

2018年に行われた東大生との交流

 

──最後に、東大生に向けてメッセージをお願いします。

 世界と本気で向き合って欲しいですね。経済や政治、社会におけるパワーバランスでいうと、世界での日本の地位なんてどんどん下がっています。中国の若者がどんどん世界に出ているのに対し、日本人は日本のルールで、日本人同士だけで生きている人が多いことに危機感を感じています。最近の入管法改正による外国人労働者の受け入れ拡大や民泊に関する法律を見ていても、日本人を守るための内向きの法律という感じで外国人のことが十分に考えられていません。世界と向き合わなければいけない時代に、日本しか見られていない。

 

 ですから、東大生にはこれから国を引っ張っていくリーダーとして、もっと世界に目を向けて、もっと世界に出てほしいと思いますね。

 

***

 

 国同士の不安定で表面的なつながりよりも、相互理解に基づいた草の根レベルでのつながりが大事だと話した竹内さん。たとえその国に対してネガティブなイメージを抱いていたとしても、そこで暮らす人々の人情に触れることで見方が変わってくるのではないか。学生のうちに世界と向き合い、視野を広げることも必要なのかもしれない。

 

竹内亮さん(ドキュメンタリー監督)

ドキュメンタリー番組の監督として、15年以上のキャリアを持つ。テレビ東京「ガイアの夜明け」「未来世紀ジパング」NHK「世界遺産」「長江 天と地の大紀行」などを制作。2007年、ギャラクシー作品賞を受賞。2014年、中国人の妻と南京市で「和之夢文化伝播有限公司」を設立。


濱田元総長も加わり「東大新聞ななめ読み」 外部有識者による編集諮問委員会を開催

$
0
0

 東京大学新聞社は2018年10月18日、直近1年分の記事の評価を外部のメディア・ジャーナリズムの有識者に求める「編集諮問委員会」を実施した。元東大総長でメディア法が専門の濱田純一名誉教授の他、朝日新聞常務取締役・ハフィントンポスト日本版代表取締役の西村陽一氏、メディア研究などを専門とする吉見俊哉教授(情報学環)らが委員に名を連ねた。

 

 現役東大生が自らの関心・問題意識に基づいて書いた記事は、有識者の目にどのように映ったのか。今回は単なる記事評価にとどまらず、これからの大学の在り方にも話が及んだ編集諮問委員会の模様をお伝えする。

(執筆・高橋祐貴 撮影・安保茂)

 

記事を評価する編集諮問委員一同

 

◆司会進行

宍戸常寿教授(東京大学新聞社理事長・法学政治学研究科)

◆編集諮問委員会 委員一覧

桂敬一氏(元東大教授)

西村陽一氏(朝日新聞常務取締役兼ハフィントンポスト日本版代表取締役)

長谷部恭男教授(元東大教授、現早稲田大学)

濱田純一氏(元東大総長)

吉見俊哉教授(情報学環)

 

紙面連載に「大きなテーマを考えよ」

 

 初めに批評を受けたのは、2018年1月30日発行号より紙面で連載されている企画「ミネルヴァの梟(ふくろう)──平成と私──」。平成時代の東大の変化と、その現在への影響を描き出すこの連載は、これまで学外の劇団と機動隊が衝突した「学生運動の終焉」として知られる風の旅団事件、安田講堂での卒業式再開後期試験導入駒場寮廃寮を扱ってきた。

 

 編集諮問委員からは、時系列順に連載するという枠組みの下、初回に1989年(平成元年)の風の旅団事件を持ってきた点に改善点を見いだすコメントが相次いだ。朝日新聞社の西村氏は、初回記事は面白いとしつつ「風の旅団事件のような歴史上の事件として完結させられる題材もあれば、後期試験導入など現在の状況とつなげられる題材もあり、同じように扱うのはもったいない。切り口の使い分けを考えるべきでは」と指摘。濱田元総長は「風の旅団事件はマイナーな事件で、初回に据えるには違和感がある」とした上で、個々の題材に少しずつメッセージを盛り込むのではなく、連載全体を通じて伝えたいメッセージを初回で提示すべきだったとした。

 

朝日新聞社・西村陽一氏

 

 一方で連載のテーマ上、東大のあり方の変遷についても話が及んだ。桂氏は、旧制一高はある意味独特な同質的共同体だったとした上で、平成を通じて東大がゲゼルシャフト(Gesellschaft:近代化で生じた、地縁や血縁、友情ではなく、利益や機能により人為的に形成された共同体)化してきたと指摘。東大の変化を追うことでこれからの東大の変化のあり方を提示できるはずだと述べた。濱田元総長は安田講堂の記事に触れ「総長室を安田講堂に移したのには思うところもある。これからの時代は、安田講堂をどう学生のものにしていくかということを考えてほしい」と編集部員に呼びかけた。

 

元東大教授・桂敬一氏

 

女性教員の職場環境の記事、取材先が「あと一歩」

 

 続いて取り上げられたのは「女性教員の職場」としての東大の問題を指摘し、改善のために当局が取っている施策に迫った連載記事だった。現役女性教員として意見を求められた評議員の加藤陽子教授(人文社会系研究科)は、OECD(経済協力開発機構)のデータを引用しつつ教員採用に女性枠を確保するクオータ制への賛否両論を並記するなど、根拠や論点をはっきり示した点を評価。一方、東大が採っている対策について、対応が不十分に思われる男女共同参画室室長にのみ取材した点を惜しんだ。

 

加藤陽子教授

 

 吉見教授は、最もシビアな状況に置かれているはずの若手の女性研究者に取材していない点を指摘。加えて日本の女性教員比率がOECDの中で低いということだけでなく、日本の中でも東大がとりわけ低いという事実をデータで共に示すべきだったとコメントした。

 

吉見俊哉教授

 

 濱田元総長は編集部員が東大新聞の読者層を意識しているかについて質問。紙面の主読者が東大生であることを聞くと「重要な問題だが、果たして学生はこの記事に興味を持てるだろうか」と疑問を呈しつつ「総長など東大幹部は割と東大新聞を読んでいる。そこにプレッシャーをかける意味ではいい記事だろう」と評価した。そして「記事自体の評価ではないが」と断った上で「こうした女性教員比率の問題を解決するのは本当に難しい。本気で変えようと思ったらクオータ制を導入するしかない」とコメント。東大の場合、クオータ制導入による研究水準の低下が懸念されることもあるが「『一度下がってもいい』というくらいの意気込みでやらなければ変わらない」と、悔しさを顔ににじませながら語った。

 

元東大総長・濱田純一氏

 

 濱田元総長の「大学は簡単には変わらないことを前提とした、しつこい記事作りをすべき」というアドバイスを引き継いで、西村氏が出したアドバイスが「この記事で東大が実施予定としている、男女共同参画のための施策を検証する記事の執筆」。当局にプレッシャーをかける意味でも、東大新聞が当局の取り組みを評価すべきとした。加えて、オンラインでの追加記事として「若手女性研究者匿名5人の座談会」と「男女共同参画室室長と(記事内で女性教員の問題多き現状を語った)林香里教授(情報学環)の対談」を提案。続報を出すことを呼び掛けた。

 

 憲法学者の長谷部教授は自身の配偶者が研究者になった時のことを引き合いに出し「妻が研究が好きで学者の道に進んだように、研究者になろうと女性が決意する段階では、職場環境を職業選択の決め手にするわけではない。職場環境の変化が女性研究者の比率を直接に変えるわけではないのではないか」と話した。

 

長谷部恭男教授

 

もはやページビュー至上主義など存在しない

 

 続いて議題に挙がった「新入生の47%が『不快な思い』 東大生に聞いた新歓活動の裏側」は、東大生に行ったアンケートを基に、新入生と上級生の双方が不快な思いをする新歓の形態を批判する記事。宍戸教授が「大きなサークルの新歓担当者に取材したり、サークルに入って1年たった状態でどれだけ新歓に対する印象が変わったかを取材したりしても良かったかもしれない」と追加取材を提案した他、濱田元総長が「不快だからダメだという論理を絶対視しすぎていないか。世の中嫌だけれどもやらなければならないことはいくらでもある」と、記事の前提に疑問を投げかけた。

 

 オンラインの記事から議題として挙げられたアクセスランキングは、その月に公開した記事の中で最も読まれた上位10位までの記事を改めて紹介する記事。紙面からオンラインへの読者の呼び込みを目的に、毎月紙面やオンラインに掲載されている。編集部員が目的を達成するためにはどのように書けばいいのかアドバイスを求めると、西村氏は「むしろアクセスランキングをどのように編集部員が活用するかを考える必要がある」と指摘した。例としてほぼ毎月上位3位以内にランクインしていた連載「蹴られる東大」を挙げ、「なぜこの連載が読まれるのかきちんと分析した上で、関連記事が出た際には再度SNSで流すなど、ここから発展させる方法を考えた方がいい」と呼び掛けた。

 

 他方、桂氏は「私が古い人間だからかもしれないが、オンラインの記事はスマホで情報の断片だけを読んでいるものがほとんどで、PV(ページビュー)数がどれだけ多くても本当に読まれたとは言えないのではないかと思ってしまう。アクセスランキングのようなものには実質的な意味はないし、記者は文脈をきちんと読み取ってもらえる記事を書いてどーんと構えていればいいのではないか」と違った視点からコメント。これに対し編集部員が「ページ滞在時間なども見て、どのような読まれ方をしているかはある程度把握している」と答えると、西村氏は「まさに大切なのはそこで、最近はオンラインメディアの世界でもPV至上主義から変わりつつある」と指摘した。朝日新聞社では現在、PV数だけでなく、有料・無料の会員登録数、サイトにおける滞在時間、読了率、読者の流入経路、動画の視聴時間などさまざまな指標を参考にしているという。またハフィントンポストジャパンのサイト「ハフポスト」では、その記事を読んだ読者がコメントやシェアなどの行動をどの程度起こしたかを測るソーシャルアクション数もあわせて重視しているという。

 

 最後には濱田元総長が改めて、読者のことを考えた記事執筆の重要性を「ある意味では当たり前のことだが、ちゃんとやれていないという印象を持ったのできちんとやってほしい」と強調。東大新聞の課題を明らかにした。

 

2019年1月15日2:00【記事訂正】写真キャプション中の長谷部恭男教授の名前に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

2019年1月15日19:00【記事訂正】「クオーター制」と表記していたところを「クオータ制」に修正しました。

【受験生応援2019】食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

$
0
0

 「三度の飯より勉強」、それが受験生のあるべき姿だと思っていませんか? しかし、実際は「食事」の内容や方法こそ、みなさんのコンディションを支え、合格へと導く鍵かもしれません。今回は、受験直前の体調管理に「食事」がいかに大切か、食育専門家・浜田峰子さんにアドバイスをいただきました。

(取材・曽木悠美)

 

浜田峰子(はまだ・みねこ)さん (食育専門家)

 「美味しく楽しく 笑顔は食卓から」をコンセプトに、食の専門知識を生かし農林水産省の各種委員や学校にて産学連携特任教授を務める他、本の執筆やTVコメンテーターとして各メディアで活動。生涯食育セミナーや食を通じた地域活性化にも精力的に取り組んでいる。著書に「浜田峰子のらくらく料理塾」など。

公式HP:食育専門家 浜田峰子 Official HP

 

──受験生にとって「食事」の重要性は

 受験生は、常に脳をフル回転させていますから、「脳に必要なエネルギーを切らさない」ことがとても大切です。「食事」は脳に栄養を届け、集中力・記憶力・やる気に大きく影響しますから、食べる間を惜しんで勉強に励むのは、実は効率が悪いことです。世界保健機関(WHO)も「食事の中身で、人間の知的生産性が大きく変わる」というレポートを出しているくらい「食事」の内容や方法はとても大切です。

 

──受験生が最高のコンディションで試験を迎えるためにはどうすれば良いのでしょう

 「1日3食」を欠かさないことが重要です。当たり前のように思われるかもしれませんが、これにはとても合理的な理由があります。

 

 体の免疫や機能を調節するビタミンやミネラルは体内に8時間ほど滞在します。また、消化に必要な時間も8時間ほどです。つまり、3食×8時間=24時間。1日の体を支える栄養を効率よく充足させるためには3回の食事が必要です。朝食べたものが日中の体を動かし、日中に食べたものが夜の体を作り、夜食べたものが寝ている間と翌朝の身体を支えるのです。

 

 脳を健康的に働かせるためには、「炭水化物」「タンパク質」「脂質」とそれらが効率よく機能するために必要なビタミン・ミネラル類をバランス良く含んだ食事をとることが大切です。よく言われている「頭を使う=甘いものが良い」は必ずしも正解ではありません。パンやお菓子を食べ過ぎると、栄養の偏りでかえって体調を崩してしまいます。

 

──コンディションを保つために効果的な「食事」の工夫は何ですか

 「よく噛んで食べること」です! 意外かもしれませんが、実は噛むことは、脳にとても大切な刺激なのです。

 

 よく噛むことそれだけで大きく三つの効果が得られます。まず一つ目は、脳内の神経伝達物質の働きが良くなり、高いリラックス効果を得られるため、ストレスが緩和されることです。二つ目は、歯が噛み合わさる刺激で脳が活性化し、集中力・記憶力・やる気がアップすることです。三つ目は、唾液がよく出るので消化・吸収が良くなり免疫力が上がることです。

 

 多くのプロのアスリートも「よく噛むこと」を徹底しています。受験生の皆さんは言わば「勉強界のアスリート」ですから、ぜひよく噛むことを意識してコンディションを整え、試験当日に最高のパフォーマンスを発揮して下さい!

 

◆自然に噛む回数が増える食事のポイント◆

・かみごたえのある食材を使う(硬い・繊維が多い・弾力性がある物)
・素材を大ぶりに切る
・加熱調理する
・水分を少なめにする
・複数の素材を組み合わせる
・薄味にする

──夜遅くまで勉強することも多い受験生に、おすすめの「夜食」を教えてください

 夜遅くまで勉強をしているということは、夜遅くまで脳がエネルギーを消費し続けているということ。受験生が夜に「お腹が空く」と感じるのは、実は「脳がエネルギー切れを起こしている」サインです。夜食はお腹を満たすためではなく、少量で脳へ効率良くエネルギーを補給することを目的にしてください。

 

 このような組み合わせの夜食がおすすめです。「脳に必要な栄養(「炭水化物」「タンパク質」「脂質」とそれらが効率よく機能するために必要なビタミン・ミネラル類)をバランス良く含んだ消化しやすい食べ物+噛み応えのあるもの+温かい日本茶」です。例えば、ご飯と魚と野菜とごま油を使ったお粥に、あえて歯ごたえと酸味のあるお漬物を添え、茶葉から急須で入れた温かい日本茶(緑茶)といった組み合わせです。おにぎりやうどんなどが夜食の定番ですが、カロリーが高かったり、栄養が偏ったりするので、おすすめはしません。 

 

 ちなみに、温かい日本茶は、茶葉から急須で入れたもののほうがペットボトルより約5倍のお茶本来の栄養が取れます。すぐに眠りたいときはカフェインの少ない「ほうじ茶」が良く、まだ勉強を続けたいときは眠気が覚めるカフェインと風邪予防にもなるビタミンCを含む「緑茶」を飲んでリフレッシュするのが良いでしょう。

 

──受験直前に注意すべきことを教えてください

  消化不良の要因になったり、食あたりのリスクも高いので、受験の時期の生ものには注意が必要です。なるべく火を通したもので、消化しやすい食事が良いでしょう。

 

 また、便秘にも注意が必要です。受験期には男女関係なく便秘に悩む人が多いのです。便秘が続くと腸内の栄養吸収が悪くなり、血行不良や自律神経の働きの乱れから、集中力・記憶力・やる気の低下につながります。冬場は、寒さが内臓の働きを鈍くし、乾燥が体から水分を奪います。試験中にトイレに行きたくないからと水分をとらないと、かえって便秘になります。便秘を防ぐには、体を温め、こまめに水分補給をし、食物繊維の豊富な旬の野菜を食べることがおすすめです。

 

──最後に、受験生へのメッセージをお願いします

 自分の体は、自分が食べたものでできています。食べるものの選択、その繰り返しが、明日と未来のあなたを作るのです。あなたの合格の先にある叶えたい未来、そのために今日食べるものを鋭意選択してください。あなたの明日と未来のために、このアドバイスが少しでもお役に立てることを心より願います。受験生の皆さんへ、幸多からん事を。

 

※この記事は、2018年公開の東大新聞オンライン記事からの転載です。

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

本郷キャンパス建築めぐり 明治期煩悶時代の正門

$
0
0

 本郷キャンパスの門といえば、徳川11代将軍家斉の21女溶姫が、加賀藩藩主である前田家13代斉泰の正室としてお輿入れの際に建てられた、赤門こと溶姫御殿の御守殿門が有名ですが、今回は正門を紹介します。

 

 

 明治19年、大学令を受け帝国大学が本郷の地に開校しますが、当初は赤門が正門の役割を果たしていました。明治28年頃には現在の正門の位置に、木造の柵と柱、扉からなる「仮正門」が置かれます。その後キャンパス内の整備が進む一方、腐朽の進んだ仮正門があまりにみすぼらしいことから、正門の建設が計画されます。

 

 現在の正門は明治45年、当時の東京帝国大学第8代総長濱尾新の考案のもと、建築学科教授伊東忠太の基本設計、営繕課長山口孝吉の施工管理により建設されました。

 

 門の形式は、親柱を貫く横材(冠木)で柱を支える冠木門(かぶきもん)形式で、中央の冠木、門扉、脇門扉ともに鉄製、一方の親柱、脇柱、両脇門の楣(まぐさ・親柱と脇柱を繋ぐ横材)と笠石(親柱と脇柱の上に乗る横材)は稲田石(花崗岩)、両側の門衛所は煉瓦壁と白丁場石でできています。

 

 

 冠木部分には雲文様、門扉部分は周囲に唐草文様、腰には青海波文様が施され、雲と水は天地を意味するといいます。これらの文様は、鋳鉄に比べ粘りが強い古典的な製鉄法である錬鉄で製造され、繊細な文様表現を得意としていました。エッフェル塔でも用いられている錬鉄ですが、鋼鉄の大量生産が可能となり、現在では姿を消した製鉄法です。

 

 腐食が進んだ当初の中央門扉、冠木は昭和63年夏に取り外され、修復後、平成4年より構内で保管されています。現在の門扉、冠木はその際に、新たに設置されたアルミニウム合金製のレプリカです。当初の冠木中央には、中心に電灯を灯す赤色ガラスがはめ込まれた16葉の旭日鋳造紋章が配されていましたが、現在のものは電灯が配されていません。

 

現在の門扉は、アルミニウム合金のレプリカだ

 

 門のデザインは当時赤坂にあった閑院宮邸の門を参考とし、日本における伝統的な木造建築特有の門形式を採用しましたが、材料は石、煉瓦、鉄という全く異なる半永久的な材料に置き換えています。

 

 明治40年、議院建築(国会議事堂)の建設に際し、設計競技を行うべきか否かという議論に端を発した、「我国将来の建築様式は如何にすべきか」という建築様式に関する一大論争が、建築界で起こります。日露戦争を経て国家意識を強めていた当時、日本の建築様式はどうあるべきか、活発な議論がなされました。

 

 そのような背景のなか、濱尾総長の「日本趣味をあらわし、武士道の精神を発揮せんとする」という意見をもとに、この正門は設計されました。

 

 建設当初より世間から注目を集めていましたが、明治45年7月10日に図書館で行われた卒業証書授与式の天皇陛下行幸をもって開門しました。正門の高さは、正門の行幸の際の騎馬儀杖兵の槍先を考慮したためともいわれています。

 

 

 建設当初は様式や材料の使い方に関して、手厳しい意見も交わされていたようですが、

「可笑しい可笑しいというのは目に慣れないというだけで、これが、何十年か過ぎた後には明治の煩悶時代に、この門が一つの刺激剤となったのだというようなことになるかも知ない。」(『建築雑誌』307)

と見越しており、事実、現在の私たちの目には違和感を感じることはなく、大学の「顔」として皆に認識されています。

 

文・角田真弓(つのだ・まゆみ) 工学系研究科技術専門職員

(寄稿)

 

【本郷キャンパス建築めぐり】

東京大学コミュニケーションセンター編

東京大学広報センター編

内田ゴシックの特徴を見る

【受験生応援2019】睡眠専門医・坪田聡さん 入試直前の「睡眠」のアドバイス

$
0
0

 受験直前期の今は、寝る間を惜しんで勉強に励んでいる受験生も多いと思います。しかし、睡眠不足が裏目に出て、試験直前に体調を崩してしまっては仕方がないですよね。そこで、最良のコンディションで試験当日を迎えるにはどうすれば良いか、睡眠専門医の坪田聡さんからアドバイスをもらいました。

(取材・曽木悠美)

 

坪田聡(つぼた・さとる)さん (睡眠専門医)

 1987年金沢大学卒。1987年に医師免許取得。日本医師会、日本睡眠学会、日本コーチ協会に所属。2007年より、総合情報サイト「All About」の睡眠・快眠ガイドとしても活躍している。

 

──勉強中の仮眠や一夜漬けにはどのような効果がありますか

 短時間の仮眠ならば、勉強中の眠気を減らして効率を高めてくれます。しかし、夕方以降に長時間仮眠を取ってしまうと、その分眠気が減り、夜寝つきが悪くなったり深い睡眠が取れなくなったりするという弊害があります。

 

 また、一夜漬けも記憶定着には向いていません。確かに、一夜漬けすると勉強時間が長くなってたくさんのことを記憶できるので、翌日の試験には有効です。しかし、勉強した後にきちんと睡眠を取らないと、記憶が脳に定着しにくくなり、数日後にはほとんど忘れてしまいます。

 

 いつもは8時間眠っている人が睡眠を2時間削るだけで、ほろ酔いする程度のアルコールを飲んだのと同じ状態になります。同程度のアルコール量で運転すると、酒気帯び運転として検挙されてしまうくらいですから、注意が必要です。

 

──受験生が陥りそうな障害やトラブルにはどのようなものがありますか

 昔は「四当五落」という言葉がありました。「4時間睡眠で寝る間も惜しんで勉強すれば合格するが、5時間睡眠だと不合格になる」という意味です。しかし、実際は必要十分な睡眠を取ってスッキリした頭で勉強し試験を受けることが大切です。

 

 また、睡眠には免疫を強化する役割がありますが、睡眠不足では免疫力が落ちてインフルエンザや風邪をひきやすくなってしまいますので要注意です。

 

──試験前日に熟睡するための効果的な方法を教えてください

 眠る前の30分~1時間は、テレビやゲーム、スマートフォンなど電子メディアの画面を見ないこと。睡眠ホルモンのメラトニンが減って寝つきが悪くなったり睡眠の質が悪くなったりするからです。

 

 また、試験前日には、普段眠る時刻からその1時間前くらいには眠りにつきましょう。2時間以上早く眠ろうとしても、無理なことが多いです。受験のしばらく前から、眠る前にやることを決めて習慣化しておく(スリープセレモニー)と、緊張する試験前日もリラックスして眠れますよ。

 

──睡眠に関して、試験本番で実力を発揮するための対策を教えてください

 できれば受験前日は、普段より1時間ほど長く眠って、それまでの睡眠不足を補っておきましょう。試験の当日は、いつもと同じ時刻に起きることを心がけると良いです。体内時計の調子が狂わず良い体調で試験に臨めます。

 

 眠る前に起床時刻を強く念じる「自己覚醒法(self-awakening)」を行うと、スッキリ目覚めて気分良く試験を受けられます。自発的に起きたときと強制的に起こされたときとでは、目覚めた後の眠気の強さや脳の働きに、明らかな違いがあります。習慣的に自己覚醒で起きることができている人は、そうでない人に比べて、日中に居眠りしにくく高い覚醒度を保てるので、勉強の効率アップにもつながります。

 

──受験直前にしない方がいいことはありますか

 普段と違うことはやめておきましょう。人から薦められたアロマやサプリ、薬などを使うなら、事前に使ってみて、どのような効果や副作用があるかを確認しておきましょう。

 

──最後に、受験生への応援メッセージを願いします

 十分な睡眠時間(高校生では8時間以上)を取っている人ほど、良い成績を取っています。日ごろから必要十分な睡眠時間を確保し、眠ることも受験対策の大切な一つだということを認識して試験に望んでください。しっかり眠ってスッキリした頭で試験に臨めば、きっと実力を発揮できるでしょう。

 

※この記事は、2018年公開の東大新聞オンライン記事からの転載です。

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

JAXA×大学講師×俳優×主夫? 多分野で活躍する東大OB・戸梶歩さんの素顔とは

$
0
0

 東大OBの戸梶歩さんは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の主任研究開発員であり、火星衛星探査計画(MMX: Martian Moons eXploration)プリプロジェクトチームの一員としてシステム設計を担当している。忙しい業務の傍ら、大学講師として教鞭をふるい、俳優として芸能事務所に所属。さらに、家庭では家事・育児をこなす主夫でもある。精力的な活動の原動力は何なのか。どのような生活を送っているのか。インタビューで素顔に迫った。

(取材・堂畑茉由 撮影・安保茂)

 

 

──JAXAの主任研究開発員としてどんなことをしていますか

 MMXは、火星衛星の観測とサンプル採取を行うために、2020年代前半の探査機打ち上げを目指し研究開発を進めています。現在は、ミッションを実現するために探査機にどういう機能・性能が必要か、それが実現できそうなのかという検討を行っています。

 

──どうして航空宇宙の道に入ったのですか

 小さい時から飛行機が好きでした。小学生の時に米国のスペースシャトルが飛び始めたこともあって、ロケット、人工衛星にも興味を持ちましたね。高校の時米国に行き、ワシントンD.C.のスミソニアン航空宇宙博物館とフロリダのケネディスペースセンターで世界最先端の航空・宇宙開発の現場を目の当たりにして、これだ!と。東大受験を決め、現役で理Ⅰに合格し、工学部航空宇宙工学科に進みました。その後、東大とスタンフォード大で修士号を取り、そのまま米国でエンジニアとして就職しました。

 

 

──いつから主夫業をやっているのですか

 東大で出会った妻と米国で結婚し、2002年に長男が産まれてから、妻が仕事で忙しかったので自然に私が家事・育児をやるようになりました。子供3人が小さかった頃は、夜泣きがすごくてほぼ眠れない日々が続き大変でしたね。2011年に日本に戻って会社に就職しましたが、仕事が忙しく、米国での生活に比べ子供たちと接する時間がかなり減ってしまったことに耐えられず、大学に戻ることにして2年で辞めました。

 

──俳優業を始めたきっかけは

 長男は2014年夏休みの歌舞伎体験教室で主役を務め上げたのをきっかけに歌舞伎役者を志すようになりました。歌舞伎界は血筋が大事なので、一般家庭から入るにはテレビのドラマなどに出演するなどしていわゆる芸能界で活躍し、人気を得ないといけないのではないかと考えたんですね。しかし、その当時の私には芸能界にはまったく縁もゆかりもなかったので、長男の手助けができない状態だったんですよ。そのため、自分も芸能界と関わりを持つためにはどうしたらいいかを考え、エキストラ事務所に登録して活動をしてみるという結論に達しました。

 初めは長男の夢の手助けが目的だったのに、お芝居のレッスンを受けるようになってから、気が付いたら長男よりもどっぷりとお芝居の世界にはまってしまいましたね(笑)。俳優としての活動は始めて2年強とまだまだ駆け出しで、CMや再現ドラマのチョイ役のお仕事がほとんどです。また、2017年は大小合わせて五つの舞台(あだちスマイルフェス「この声が、聞こえますか?」足立大炊助役(主演)、Studio D2公演「黒檀の馬 アラビアンナイトより」アラブの王様役他、など)に出演しました。

 

 

 

 

さまざまな舞台での演技に挑戦する戸梶さん(写真は戸梶さん提供)

 

──俳優業のために努力していることは

 俳優業に生かすために、さまざまな習い事をやっています(スケジュール表参照)。今後は、歌と踊りと楽器は役者をやっていく上で大事になるので、日本舞踊や、ピアノ、ギターなどの楽器をやってみたいです。時代劇で武将を演じたいので、昔習っていた乗馬も再挑戦したいですね。いずれは大河ドラマに出るのが今の大きな夢です。

 

一日のスケジュール

 

一週間のスケジュール

 

──忙しい生活が嫌になることは…

 ないですね。どれも自分が好きでやっているので。特に俳優業は、まさに自分が楽しんでやっていることです。

 

──研究に専念したいとは思わなかったのですか

 私の所属していた研究室では私の学年は悲劇の学年(笑)で、1学年下には小惑星探査機「はやぶさ2」のプロジェクトマネージャである津田雄一さんがいたのですが、彼の学年から初めて研究室で衛星を作るようになったんですね。私自身がとてもやりたかったことなので、すごくうらやましくて、正直悔しかったです。もし1学年下だったら、今の津田さんのような立場で研究一筋だったかも。

 ですが、そうしたら私は主夫にも俳優にもならなかったでしょう。どっちがより幸せな人生だったのかは分かりません。よく「順風満帆な人生だね」と言われますが、実はこのような挫折も経験しています。米国で働いていた会社をクビになったり、米国で立ち上げたビジネスは運営がうまくいかずやめたりもしました。

 

 

──どうやって両立しているんですか

 タイムマネージメントとコミュニケーションを重視しています。例えば、撮影で抜ける時間分の仕事を早朝などに仕事時間を確保してカバーしたり、撮影が入る日は事前にJAXAの上司・同僚に伝えるようにしたりして、JAXAの仕事も俳優としての仕事もおろそかにならないようにしています。また、家族、特に妻とのコミュニケーションも大切にしています。若い学生の皆さんにはまだ実感がないかもしれませんが、結婚相手の理解を得ることは、お互いの仕事や家庭生活をスムーズに行っていくための必須条件で、常に相手を思いやる言葉を掛け合うことを忘れてはいけません。

 

──異なるフィールドで働いて気付いたことは

 それぞれ求められる能力が違うようで、実は共通する部分も多いです。そして、異なるフィールドで働くことがお互いにいい効果をもたらしています。俳優としてはJAXAで働いていることは差別化要因になり、トークショーなどでJAXAの話をすると会場がざわつきますね(笑)。主夫業では、JAXA職員と俳優やっていますというのは、子供たちや他のお母さんお父さんと話す時にとてもいい話のネタになります。JAXAの職員としては俳優としてトークショーに出た時などに、JAXAの活動をアピールすることができ、一般の方に知識を広める貴重な機会を得られています。また、一つのフィールドに専念していたら絶対に関わることのなかった人たちとの交流が大きな刺激になっていますね。

 

──東大で得たものは何だと思いますか

 東大で学んだ知識以上に、同期や先輩方とのつながりが人生に大きな影響を与えています。東大で仲間たちと切磋琢磨(せっさたくま)する体験は、何事にも代えられないとても価値のあるものです。

 

 

──人生のモットーを教えてください

 端的に言うと「やらずに後悔するより、やって後悔したほうがいい」ということですね。私の場合は、とりあえず俳優やってみよう、がその最たるものです。とりあえずやってみると、意外にできることが多いです。私は、お芝居を全くやったことがない状態から、2年で芸能事務所に所属できるまでにはなりました。うまくいかなくても命までとられることはないですし。 失ったお金はまた稼げばいいが、過ぎた時間は取り戻せないので、やりたいと思った時にやるべきです。今が一番若いのですから。

 

──最後に、東大生にメッセージをお願いします

 東大は一生の財産となる先生方、先輩方、そして同期の友人たちと出会える場所です。自分よりも優秀な方たちがたくさんいることに衝撃を受け、落ち込むこともあるかもしれませんが、そんな方たちと切磋琢磨することのできる環境は東大をおいてほかにはないと思います。そのような環境にいられることに感謝して思う存分自分の好きなこと・興味のあることに没頭してほしいです。

 一方で、もし私が東大でしか勉強せずに、新しいことを学ぼうとしなかったら、俳優としての私は存在しなかったでしょう。東大で学ぶことはもちろん大事ですが、東大を出た後も、新しいことにどん欲に挑戦して学ぶ姿勢を持った人になってくれればと思います。

***

戸梶歩(とかじ・あゆむ)さん(JAXA主任研究開発員)

 1999年工学系研究科修士課程修了、2001年スタンフォード大学大学院修士課程修了。慶應義塾大学大学院特任講師などを経て、2018年2月よりJAXA主任研究開発員、11月よりMAHALO Entertainment所属。

【受験生応援2019】試験前日・当日の過ごし方、持参して便利なもの

$
0
0

 受験生の皆さん、勉強お疲れ様です。センター試験まであと少し、今回は受験生時代の東大生が試験前日・当日をどのように乗り切ったのかや、東大生が試験当日に持って行って良かったと思ったグッズを紹介します!

                    ◇

試験前日・当日の過ごし方

 

「試験前日は基礎知識と苦手分野の見直しに集中し、早めに寝ました。当日は、余裕を持って試験会場に到着することを意識しました。休憩時間には、苦手分野の確認や息抜きの散歩をした他、トイレにもこまめに行きました」(文Ⅲ・2年)

 

「生活リズムを崩さないことを意識し、当日の2週間くらい前から試験当日の起床時間に合わせて11時寝5時起きの生活にシフトしていました。直前は勉強しようと欲張らずにメリハリのある生活を送ることをお勧めします」(文Ⅲ・2年)

 

「前日は早く寝ること。覚悟を決めましょう。当日は平常心を保つこと。焦っても何も良いことはありません」(文Ⅲ・2年)

 

「試験前夜に上手く寝付けるように、試験前日の朝は普段より1時間早めに起きました」(法・3年)

 

「私は緊張しやすく、前日の夜に眠れなかったり、試験で実力が出せなかったりする可能性が高かったので、落ち着いてリラックスすることを意識しました」(文Ⅲ・1年)

 

「前日は感覚が鈍らないように計算やリスニングをやった以外は試験会場の下見をするなどしてのんびり過ごしていました。当日も休憩時間は勉強せずに、寝たり音楽を聴きながらキャンパス内を散歩したりしていました。直前に追い込もうとすると、精神的にも負担が掛かるので逆効果だと思います」(文Ⅱ・2年)

 

「試験前日はそれまでと同じく普段通りに過ごしました。当日は使い慣らした単語帳や短答式の問題集をざっと見て頭のウオーミングアップを図りました」(文Ⅰ・2年)

 

 前日は重めの勉強は控えて早めに寝て、当日は要点確認やリラックスした過ごし方をしていたという体験が多いようですね。

 

試験本番に持参して良かったもの

 

・チョコレート

「休憩時間に食べて糖分を補給していました」(文Ⅲ・2年)

「小分けになっているもので、好きなときにエネルギーを補給できるようにしていました」(法・3年)

「集中できるようにチョコレートなどの甘いお菓子を持って行き、試験前に食べました」(文Ⅲ・1年)

 

・携帯音楽プレーヤー

「普段から音楽を聴きながら勉強することが多かったので、試験の休憩時間に聴くことで平常心を保つことができました」(文Ⅲ・2年)

「好きな音楽を聴いてリラックスしていました」(法・3年)

 

・解法や要点をまとめたノート

「自分がよく間違える点などを事前にまとめたノートを持って行きました」(文Ⅲ・2年)

「各科目ごとに注意点や解法パターン・流れを記入したマニュアルを持って行き試験前に読むことで、心を落ち着かせることができました」(文Ⅱ・2年)

 

・カイロ

「試験会場に着くまでがとても寒かったので、カイロや手袋が役に立ちました」(文Ⅲ・1年)

「使い捨てかつコンパクトで、持ち運びしやすいのが長所です」(文Ⅰ・2年)

 

 上記の他にも、マスクやティッシュ、騒音対策として耳栓を持っていくと良いという意見が寄せられました。緊張を和らげられるものを持参すべきだという意見が多いようですね。

                    ◇

 いかがでしたか?この記事の内容をヒントに、試験前日・当日の過ごし方をイメージしてもらえるとうれしいです!試験まであと少し、ときにはリラックスすることも忘れずに頑張ってください!

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

睡眠専門医・坪田聡さん 入試直前の「睡眠」のアドバイス

「一歩先の自分を考える」 東大生が卒業生と熱く議論 東大ドリームネット交流会レポート

$
0
0

 2018年12月8日(土)、本郷キャンパスに現役東大生約300人と卒業生約120人が集まり、熱い議論が交わされた。東大(キャリアサポート室、卒業生室)、卒業生団体の東京大学三四郎会、学生団体の東大ドリームネットが共同で企画・運営する「知の創造的摩擦プロジェクト」の一環として開催された「交流会」だ。

 

 本イベントは年に2回開催される名物企画で、27回目となる今回のテーマは「一歩先の自分を考える」。「今日という日が、自分のやりたいことに正面から向き合い今後の大学生活で一歩踏み出すきっかけになってくださることをメンバー一同願っております」という東大ドリームネットからの言葉が添えられている。

 

 交流会開催に当たって、東京大学三四郎会会長の望月宣武さん、および副会長の野中亮宏さんに、自身のキャリアや現役東大生への思いを語ってもらった。

 

 

自由な経験が生き方を広げる

 

━━どのようなモチベーションで学部や就職の選択をされたのでしょうか

 

野中さん:文Ⅱに入学し、進学振分け(進学選択)の時点ではビジネス界で生きていくのだろうと漠然と思い、仕事の選択の幅が広がりそうな経済学部を選びました。ただ、設立したての東大ドリームネットをはじめ、さまざまな学生団体で組織運営をしていく中で、「強い組織とは何なのか」を考えるようになりました。優秀な代表がいるだけでは組織は成り立たないだろうと思いましたし、東大のスポーツ愛好会や国際系団体AIESECのような組織はなぜ長く続いているのか興味があったんです。そこで経営戦略のゼミに入り、「企業の持続的競争優位」の観点でトヨタやソニーがなぜ強いのかという研究をしていました。そして、東大ドリームネットで出会った卒業生の所属の中で、特に面白い人が多かったと感じたのは「リクルート」でした。事業内容にも意義を感じられたし、ここで修行したいなと思える場だったので入社を決めて、そのまま卒業論文のテーマを「リクルートの経営戦略」にしてしまいました(笑)。

 

 

望月さん:文Ⅰへ入学する前は、そのうち司法試験を受けて弁護士になるのだろうと考えていました。しかし実際に入学してみると飲み会、部活のヨット部、NPOでの活動などいろいろなことに目がいき、授業そっちのけで楽しんでいました。法学部へ進学した後も大学にはほとんど行かず、司法試験の勉強は先送りに。6年かけて卒業しても本気になれず、その後1年間フリーター生活を経てついに腰を据えて勉強する気になりました。合格したのはその2年半後。正直「そんなので定職に就けるのか!」という驚きもあるでしょう。しかし大学時代の自由な時間と経験によって、ある意味生き方の幅が広がった気もします。余談ですが、僕たちの時代の法学部は留年するのが当たり前で、勉強以上に好きなことをやるためのモラトリアムとして1、2年活用する人が多かったんです。

 

 

後にも生きる「人とのつながり」

 

━━在学当時、周りの同年代の方々はどのように過ごされていたのでしょうか。また彼らとのつながりは社会に出た後にどれほど大切なものなのでしょうか

 

野中さん:学生団体の活動や部活に従事している人が多かったのですが、一部の同級生は公認会計士や弁護士、国家公務員などの資格を取るために塾通いをしていました。はじめは彼らの意識の高さに驚きましたが、よくよく話を聞いてみるとその多くは「食いっぱぐれないために取りあえず資格を取る」といった夢も未来像も乏しいもので、違和感を覚えました。「国を背負いたい」という強い思いで官僚を志望していた同級生などは素直に尊敬していますし、幼少期から弁護士に憧れて一人前の弁護士として社会に貢献したいと考えていたようであれば納得できます。でもそうではなく、ただ「競争の中で勝ち抜くための特別なカードがほしい」という思いでレールに乗って塾通いするのは何か違う、と感じました。何より、そういうことをしている当の本人たちが全然楽しそうに見えなかったんです。今でも付き合いがある人物は、当時から強い思いを持って活動していた同級生ばかりですね。やっぱり自分で考えて行動している人と話すと面白い。

 

望月さん:法学部においては3分の1が4年で卒業、3分の1が5年で卒業、残りの3分の1が6年で卒業という具合に分かれていたんです。6年目の学生は切羽詰まった状況にある人が多く、その後粘って司法試験合格を勝ち取るか、夢破れて地元に帰るか、といった同級生たちの行く末を見届けていました。ただ、在学時の交友関係自体は部活を除いてそこまで広くなく、今ある関係のほとんどは卒業後にできたもの。現在は大学に行かなくても自分の同級生の近況をSNSで大体知ることができますが、僕らの時代はSNSが無く、大学に行っても行かなくても同級生が何をやっているのかはほとんど分からない状態でした。

 

 

野中さん:SNSの話で言えば、私の在学時はmixiがはやりだした頃です。学外においても、同じ興味を持った人々が集まりやすくなり、ネット上で各自の行動を知りやすくなりました。そのような場で得たつながりが後々生きることも多いです。社会人になってからも、そうしてつながった知り合いのつぶやきが自分の所属する企業の新規事業のネタになることもあり、事業に協力してほしいと連絡を入れるとそれを機に濃い関係になることも頻繁にあります。そもそも新しい事業を始めるにあたっては自分自身や自社が手を付けてこなかった業界や顧客の相手をすることになるので、そこには必然的にその道に詳しい人とのつながりが必要となります。ゆるくても信頼のあるつながりからすぐに目的に見合う人とつながることができ、すぐに事業に取りかかれる、というように最終的にはビジネス面での実益になると言えます。

 

望月さん:これからの時代はセルフブランディングが重要です。自分の人生をどうデザインし、どうブランディングしていくか。そこには何らかの要素と要素を足し算していく過程が必要で、そのために「この人とのつながりでこのプラス要素をもらおう」ということが大きな力となるでしょう。お互いに利益を享受し合えるネットワークこそが価値であり、これが本交流会で提供したいものの一つです。社会人とのつながりを作るための武器として使ってほしいと思います。

 

答えのない問いにじっくり立ち向かえ

 

━━どのようなモチベーション、問題意識で東大ドリームネットの活動にご協力なさっているのでしょうか。またこれからの時代を担うであろう東大生たちにメッセージをお願いします

 

「交流会」のグループディスカッションで学生と語り合う野中さん

 

野中さん:「こう生きたら人並みに幸せになれる」という形は崩れつつあります。幸運なことに、今どきは学生時代からそれを実感できる機会が多くあります。なので、もっとわがままに、周りを振り回すぐらいに生きても良いのではないでしょうか。その方が結果的に社会も前進するでしょう。押し付けるつもりはありませんが、恵まれた環境と頭脳でこの大学に来ているのなら「次の社会をより良くする」ことに興味を持って、そこに注力するのも一つの生き方ではないでしょうか。

 

「交流会」第二部の懇親会で学生と話す望月さん

 

望月さん:私自身もヨット部出身ですが、多くの部活では「勝つ」という目標が与えられていて、それに向かって頑張れば良いものです。もっと早い話、受験の壁を突破してきた東大生の多くにとって、東大入試に合格するというのはまさに「与えられた目標」だったのでしょう。目標を与えられると優れたパフォーマンスを見せる、それが東大生です。しかしこれからは、答えのない問いに立ち向かわなければなりません。何を目標とし、何を武器として足し算していくのか、それを含めて全部自分で決めていくしかないのです。ただ一つ言っておきたいのは、「早いもの勝ちではない」ということ。東大には生き急いでいる人が多いと感じます。やりたいこと、やるべきことが見つからない、何のために学校に来ているのか分からない、というような人々が一定の割合で交流会に参加しています。しかし私を見てください。30歳手前になってようやく定職に就いた身です。むしろ、こういうモデルケースもありなんだぞ、と言ってやりたいくらいです。現時点でやりたいことを見つけている人が偉いわけでも格好良いわけでも全くありませんし、じっくり悩み抜いたって構わないのです。多様なキャリアがあり、「こういう生き方もあるんだぞ」ということを伝えたい。そのために120人もの卒業生が今日ここに来ているのです。

 

望月さん(左)と野中さん(右)

 

望月宣武(もちづき・ひろむ)さん(東京大学三四郎会会長)

経歴:03年法学部卒業。日本羅針盤法律事務所代表弁護士、日本エンターテイナーライツ協会共同代表などを兼任する。

 

野中亮宏(のなか・あきひろ)さん(東京大学三四郎会副会長・事務局長)

経歴:08年経済学部卒業。リクルートホールディングスを経て、15年よりエムスリーに参画。現在は、新規事業立ち上げに従事している。

 実際に記者も交流会に潜入することにした。

 

 会場は本郷キャンパス御殿下ジムナジアム。入口の階段を下りていくと、広いアリーナの中には既に多くの在学生が4~6人ごとのグループに分かれて座っており、各グループに運営側からのファシリテーターが1人ずつ待機していた。午後1時を回ると開式となり、望月さんをはじめとして各団体の代表からの挨拶があった。東大ドリームネット代表の村松尭さん(文Ⅱ・2年)からの「卒業生の方々は自分が何をしているとか、こういう人生を歩んできた、などということをとても熱く語ってくれるでしょう。こんなに寒い中で来てくれたのですから、学生の皆さんも是非、自らの熱い思いをぶつけていただきたいと思います!」というメッセージをもって、交流会は第一部へと移行した。卒業生が一斉に各グループに2、3人ずつ分かれて入り、最初に各グループ内で在学生と卒業生が1人ずつ自己紹介をした。

 

挨拶をするドリームネット代表の村松さん

 

「やりたいことは何でもやっていた」

 

 第一部のグループディスカッション①は、卒業生が在学時に積極的に行ったことと、その経験が今の自分に与えた影響について話し、在学生がそれに対して質問する形で行われた。グループを変えて2回行われたが、記者が入ったグループの一つでは卒業生3人の学生時代の共通点として、「やりたいことは何でもやっていた」というのが挙げられた。「エッセーの勉強のために作家に弟子入り」「大学生の学歴意識の調査ゼミ」「留年覚悟の週6ラグビー」というように三者三様な色濃い経験を持っていて、そのどれもが多かれ少なかれ現在の仕事に生きているそうだ。学生の1人が「やりたいことが多過ぎて決まらないのですが、どうすれば良いでしょう」と質問したところ「タイミングが合うものからどんどん手を付けていった方が結果的にできる量も増えるのでは」と返ってきた。また、「進路は第一希望だったのか」という質問に対しては、驚くべきことに全員がノーだった。留年や新卒募集締め切りを逃すなどの紆余曲折を経て今に至る卒業生もいて、道を真っすぐに行かないからこそ語れるキャリアもあるということを肌で感じた。

 

グループディスカッションで語り合う学生と卒業生

 

 グループディスカッション②では打って変わって、学生が将来やりたいことやなりたい姿について語り、そのためにこれからどのように行動していくべきかを卒業生と考えるという形で進んだ。記者の入ったグループの一つでは、まず在学生側が各自の夢とそれに対する悩みを語った。その中から共通点として2点が浮かび上がった。まず一つ目は「学生時代の時間をどう有効活用するか」で、これに対して卒業生側は「逆算」「優先順位」「経験」の三つの重要性を説いた。「この時点までにこれを習得する」という具合に目標を明確に設定し、そこから逆算して現在のタスクに優先順位を付ける。そしてこれを何回も繰り返し、経験を重ねることでようやく時間活用の見定め方がうまくなってくるということだ。二つ目は「進学先や就職先など、その後の人生に関わる大きな決断を下さなければならないときに、何を判断材料としてどう考えれば良いのか」について。卒業生側の回答は「正直学生として得られる情報にはどうしても限りがあるし、在学時の決断が正しくなかったということも振り返ってみると多い。仮に間違っていたとしてもそこは自分の責任として受け止めたり、そのリスクを回避できるだけの努力をしたりすることが重要」ということであった。「もっとも、ロールモデルとして自分に近しい先輩や偉人を参考にするに越したことはない」ともコメント。歴史や先例を学ぶことで可能な限りでリスクを回避することの意味を実感してきた卒業生たちの、含蓄に富んだ言葉であった。

 

フリップで自分の将来の目標を語っていく

 

教養は力なり

 

 グループディスカッション②の後に第二部に移り、卒業生が業界別に分かれて在学生が各自の興味ある分野のブースに行って質問をする懇親会となった。コンサルタント、IT、官公庁、メーカー、マスコミ、インフラ、商社、教育、法曹、アカデミアといったさまざまな業界に分かれており、多種多様なキャリアがあることが改めて伝わってきた。

 

学生が興味のある分野の卒業生と気楽に話せる懇親会

 

 さて、アカデミアの分野でとある理系の在学生が「前期教養課程にいる意味を見いだせない」と述べたところ、研究者を務める1人の卒業生が次のように返答していた。「日本では教養が過小評価されがちだが、欧米諸国において研究者の間で交わされる会話は何も理工学術的な内容だけではない。むしろ、自国のことをどれだけきちんと説明できるかといった意味での教養が学者の素養として重要視されることが頻繁にある。教養学部のうちが最も教養に触れられる時期なので、うまく時間を有効活用し一定以上の教養を身に付けるのも良いのではないか」。どこの学部へ行くか未定の人ももちろんさまざまな学問に触れるべきだろうが、既に後期課程で学ぶ専門を決めている人も、専門外のことに触れてみると後に思わぬ形で役に立つかもしれない。

 

 

 午後6時、白熱する質問の時間も名残惜しく終わった。この日を境に新たな夢を探す学生、夢に向かって新たな目標を設定する学生、次のステップを踏むために行動に出る学生など、それぞれの新たな道が切り開けることだろう。交流会は半年ごとに行われており、次の交流会は6月頃に駒場キャンパスで行われる予定だ。


【日本というキャンパスで⑥】弁論大会、やじにも負けず

$
0
0

 12月2日、東京農業大学百周年記念講堂にて開催された第52回農林水産大臣杯争奪全日本学生弁論大会に、記者が第一高等学校・東京大学弁論部の129期弁士として出場した。弁論部の仲間による丁寧な指導のおかげで、初出場の記者だったが予想のはるか上を行く第3位に入賞した。

 

 記者は既に3回学会発表を経験しているが、弁論と学会発表の相違点は主に2点ある。1点目は、弁論では聴衆によるやじがある点。やじに怯まず、自らの観点をいかにはっきり伝えるかが課題となる。2点目は、弁論では質問者の持つ背景知識を予想することが難しいため、どのような質問にも対応できるように幅広く準備する必要がある点だ。

 

農林水産大臣杯争奪全日本学生弁論大会で熱弁中の記者

 

 今回は、自分の演題であった「持続可能な緑化活動の実現へ」を例に、原稿作成の手順を説明する。まず森林ボランティア団体が森林の多面的機能の維持に果たす重要な役割に関する「現状説明」を行った。続いて、森林ボランティア団体の人員の不足・財政の切迫などが深刻になり、持続可能な緑化活動を実現させるのが困難になりつつあるという「問題」を提起した。加えて、人員不足が生じた原因は若者が林業に無関心であるからだという問題への「原因分析」を行った。その際、森林ボランティア団体の活動を支援している会員のうち、大学生がわずか1%にとどまっているという問題の「深刻さ」を意識させた。

 

 その上で、若者に実際の活動に足を運ばせるため「森林保全ポイント」を創設するという「方策」が必要だと訴えた。具体的には、森林保全活動に参加すると森林保全ポイントがたまり、環境系企業がそのポイント数を雇用時の判断材料にするという制度を提示した。この方策を実行することで、就活の一環でボランティアに参加する人が増える「短期効果」と、活動を通じて森林への愛着が生じ、環境系企業以外の業界に転職した人もボランティア活動に引き続き関わる「長期効果」が見込まれる。さらに、ポイント制度を利用する企業からは地球温暖化対策税を低く徴収するなど、ポイント制度普及に向けた方策も練っておく必要がある。

 

 原稿執筆時の注意事項は、自らの弁論に面白み・独創性があるか、耳のみで理解できる言葉遣いになっているかどうかなどの点が挙げられる。本番で登壇した際は、声調や態度にも注意した。間の取り方・強弱といった話し方や、問い掛け・表情・身ぶり手ぶりなどの表現手法は説得力のある弁論にするために不可欠な要素だろう。

 

【関連記事】

【日本というキャンパスで】劉妍① 同じ琵琶でも中身は違う

【日本というキャンパスで】劉妍② 区の行政文書に留学生の視点

【日本というキャンパスで】劉妍③ 異文化の壁を乗り越えて

【日本というキャンパスで】劉妍④ 日中の学校生活の違いを見る

【日本というキャンパスで】劉妍⑤ 聞き上手になる重要性を実感


この記事は、2018年12月18日号に掲載した記事の転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

ニュース:「異分野間の交流深める」 卓越大学院プログラム 東大からは1件採択
ニュース:過去最低の合格率 推薦入試第1次選考 農で初の不合格者
ニュース:磁気の渦構造を実証 直接観察に世界初の成功
企画:2018年の東大を振り返る 入試と施設に揺れた1年
企画:2018年東京大学新聞 ニュースインデックス
企画:「1ナノ秒」が大きな一歩 夢の超高速計算機 量子コンピューターの研究に迫る
企画:東大の海外プログラム特集 世界に踏み出すきっかけに
企画:東大スポーツ2018総括
ミネルヴァの梟ー平成と私:⑦国立大学法人化❷
日本というキャンパスで:劉妍(農学生命科学・博士2年)⑥
東大新聞オンラインアクセスランキング:2018年総合
キャンパスガイ:永山龍那さん(理Ⅰ・1年)

※新聞の購読については、こちらのページへどうぞ。

【受験生応援2019】2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜国語〜

$
0
0

 受験生の皆さん、センター試験本当にお疲れ様でした。2次試験まであと1ヶ月、ここからがいよいよ正念場ですね。このコーナーでは、皆さんが2次試験を突破し、晴れて合格をつかみとることができるよう教科ごとに2次試験との向き合い方のアドバイスをしていきます。今回は、国語についてのアドバイスです。

 国語は文系・理系共に最初に受験する科目。文系は試験時間150分で大問4問構成、理系は100分で3問構成だ。文系には例年大問4番に随想が課せられる。一見時間には比較的余裕があるように感じられるが、要求される思考量が非常に多いため時間配分を意識しながら解き進める必要がある。例えば文系の記者は、まず古文・漢文を合わせて60分以内で解いた後、評論文→随想の順で現代文を80分で解くことを目標としていた。

 

 第1問は評論文だ。例年数問の小問記述を経て100字以上120次以下の大論述が待ち構え、最後の小問が漢字の書き取り、という構成になっている。まず大切なのが、漢字の書き取り問題で確実に点を取ることだ。国語に限らず、東大の問題といえども確実に正解できる問題が必ず存在するので、ここでのミスを極力減らそう。論述問題に関しては、本文の言葉を闇雲に切り取り繋ぎ合わせるのではなく、筆者の主張とその根拠の因果関係・意味段落における傍線部の位置関係等を追うことで内容を把握した上で、自分の言葉で端的に解答する練習を積もう。

 

 第2問は古文・第3問は漢文だ。東大の古漢は単語の意味や現代語訳、本文内容を問う論述問題等のスタンダードな問題が万遍なく出題される。ただし、文系の問題は理系よりも数問多く出題されるので注意が必要だ。基本的な単語や句法、文法を押さえていれば解くことができる問題が多いので、文系・理系問わず基本事項をしっかり定着させることで得点に結びつけやすいと言える。試験まで1ヶ月を残した今、単語帳などを使い基礎の抜け漏れのないよう最後まで確認を続けよう。

 

 文系専用の第4問は随想だ。論点が読み取りづらく苦戦する受験生も多いのではないか。文章によっては抽象度が非常に高く、言わんとしていることが分かりにくいが、傍線部の表現と似た表現が現れる箇所を探したり、筆者の主張や心情と事実の因果関係を丁寧に追うことで解答の糸口を見つけよう。過去問演習を通じて出題者が求める思考のプロセスに頭を慣らすのが効果的だ。

(文Ⅰ・1年)

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

睡眠専門医・坪田聡さん 入試直前の「睡眠」のアドバイス

試験前日・当日の過ごし方、持参して便利なもの

 

【受験生応援2019】2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜理系数学〜

$
0
0

 受験生の皆さん、センター試験本当にお疲れ様でした。2次試験まであと1カ月、ここからがいよいよ正念場ですね。このコーナーでは、皆さんが2次試験を突破し、晴れて合格をつかみとることができるよう教科ごとに2次試験との向き合い方のアドバイスをしてい行きます。今回は、理系数学に関するアドバイスです。

 文理ともに1日目の14時から数学を受ける。理系は6題(120点満点)が出題されるが、それら全てを解く必要は無い。もし数学で60点を確保するなら、自分の解ける3問に重点的に時間を回して解き切るという戦略が有効だ。

 

 記者は過去問を解くとき、第1問から順に解いたが、すぐに方針が立たない問題や計算量が多そうな問題は迷わず飛ばした。一通り問題を見終えると、未解答の問題を見渡す。記者は数学では3問を死守、できれば4問を解くことを目標としていた。1周目で2問しか解けていなければ、時間をかければ解けそうな1、2問に絞って取り掛かった。

 

 問題を最後まで解いた後で計算ミスに気付いていては解答を修正するのに時間を費やしてしまう。問題を解きながら、計算過程の各段階でこまめにミスが無いか確認することが重要だ。変数に具体的な値を代入してつじつまが合っているか検算するなどの方法で要領よくケアレスミスを防ごう。

 

 東大の数学は難問ぞろいに思われがちだが、比較的取り組みやすい問題も出題される。さらに近年の理系数学は易化傾向で、高校教科書レベルのごく基本的な問題が出題されるようになった。基本的な問題をミスなく解き切る練習をすることが、2次試験直前には効果的な勉強法だ。(理Ⅰ・1年)

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

睡眠専門医・坪田聡さん 入試直前の「睡眠」のアドバイス

【受験生応援2019】2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜文系数学〜

$
0
0

 受験生の皆さん、センター試験本当にお疲れ様でした。2次試験まであと1カ月、ここからがいよいよ正念場ですね。このコーナーでは、皆さんが2次試験を突破し、晴れて合格をつかみとることができるよう教科ごとに2次試験との向き合い方のアドバイスをしてい行きます。今回は、文系数学に関するアドバイスです。

 文系数学は制限時間が100分、大問4題構成だ。得意な人と苦手な人で実力差が出やすい科目である。そこで今回は、数学が苦手な記者の体験を交えつつ、記者が大切だと思う3つの力を中心に文系数学への向き合い方をお伝えしたい。

 

 まず一つ目は、基礎力。近年の東大文系数学は高校数学の基本的な内容から出題されることが多く、4題中1題は最後まで解き切れるような易しいものである可能性が高い。また、文系数学には関数問題や確率といった頻出分野が存在する。そのため、頻出分野を中心に標準的な難易度の問題を繰り返し解くことで、それらの基本的な考え方を身に付けることが大切だ。確率や整数問題、図形問題が特に不得手だった記者は、過去問を解く傍ら、直前期も使い慣れた問題集を使ってそれらの分野を重点的に確認した。

 

 二つ目は処理力。問題文から何が分かるか、何が求められているか、何が分かれば求めるべき解答にたどり着けるのかを分析する情報処理力と、時間を意識し、解く順序を決め、大問ごとの時間配分を調整しながら効率よく解き進める解答処理力が重要である。考える時間が長く時間が不足しがちだった記者は、直前期には90分で過去問に取り組んでいた。本番さながらの緊張感の中で、どの大問はどこまでの記述にとどめ、どの大問は時間をかけてチャレンジしてみるかを考えながら解くトレーニングは効果があると思う。

 

 三つ目は論述力。答えが合っていても方針を正確に説明できなければ得点に結び付かない。逆に、答えにまで至らなくてもプロセスを明瞭に書ければ部分点を稼ぐことができる。日頃から、難問に当たっても初手だけでもよいから何かを書き、満点を狙える問題では記述の抜け・漏れのないよう丁寧に書き切る練習を積もう。解いた問題を学校や予備校の先生に添削してもらい、それを踏まえ記述力を洗練させるのがとても有効だ。

 

 以上、文系数学のポイントを挙げてきたが、あくまで記者個人の見解だ。ぜひ理系数学のアドバイスも併せて読んでいただきたい。ここには述べられていない勉強のヒントがきっとあるはずだ。(文Ⅰ・1年)

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

睡眠専門医・坪田聡さん 入試直前の「睡眠」のアドバイス

19歳が見た中国⑤ 字は書けなくても、スマホは使いこなす ~テクノロジーの都・深圳へ~

$
0
0

ボイスメッセージのおかげで「スマホは簡単」

 

▲テキストの代わりにボイスメッセージをやり取りする人を、よく見かけた。初めは「スマホを横に持って、何してるんだろう?」と不思議だった…

 中国からの旅行者が、上の絵のように、スマホを横に持って何やら話しかけていることがある。もし見かけたら、よく観察してほしい。私たちがLINEやMessengerでテキストを送り合うように、彼らはボイスメッセージを送り合っている!

 

 私は、中国では一般的なこのやり方が不思議で仕方なかった。テキストを打つのに比べて手間が省けるから、ボイスメッセージなのか?電話で話すほうがもっと時間が省けるだろう。それでは、電話代が高いのか?でも最近のメッセンジャーアプリには、無料の通話機能がついている。なぜ、中途半端に手間のかかるボイスメッセージのやり取りが、これほど普及しているのか?

 

 深圳に向かう長距離列車の中で、隣の寝台のおばさんとお喋りしていたときのこと。「若いの、どこから来たのかい?ええ、日本?なんで言葉ができるんだい?」といつもの流れになったとき、おばさんのスマホに息子さんから着信があり、例のボイスメッセージのやり取りが始まった。ここぞとばかり、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

 「どうしてテキストや電話じゃなくて、ボイスメッセージをやり取りしてるんですか?」

 おばさんの答えは予想外だった。

 「字を打たなくていいからさ。わしは字は読めるが書けない、ましてやピンインなんて知らないんだ」

 

 ピンインとは、中国語のローマ字表記法である。スマホやPCの漢字入力は、ピンインを知らなければ使えない。最近では手書き入力も充実してきたが、漢字が書けなければ同じことだ。どうりでボイスメッセージか電話なのだ。漢字もピンインも小学校で勉強する内容だが、50代だというおばさんの小さい頃は文化大革命期にあたる。十分に勉強できなかったのかもしれない。

 

 「電話はあまり使わないんですか?」

 「(ボイスメッセージは)電話より気軽だし、相手の都合を気にしなくていいじゃないか」おばさんはさらりと言った。

 「この通り、スマホは簡単さ」と言いながら、おばさんは検索画面に何か呟いた。広東訛りが強かったが、うまく音声認識したようで、宮廷ドラマの動画が現れた。「最近はこれを見るのが楽しみでね」。

 

 おばさんは漢字は書けないのに、音声入力のおかげで若者と同じようにスマホを使いこなしている!私は初めて音声入力を体験したとき、「おもしろい技術だな!でも、文字のほうが早く間違いなく入力できるから、あくまでもサブ的にしか使われないだろう」と思った。ところが世界には、文字入力を不得手とする人たちが大勢いるのだ。彼らにとっては音声こそメインの入力方法であり、音声を通して情報化社会の利益を享受している。

 

 さらに考えれば、ピンインを知っている中国の若者もボイスメッセージを多用するのはなぜだろう?人間は有史以前から言葉を使ってきたが、文字の読み書きが普及したのは、世界の多くの国では近代になってから。実は言葉を聞き、話すほうがずっと慣れているのではないか。例えばAmazon Alexaのように、発話による直感的なやり取りは、私たちの身の回りにますます溢れるに違いない。

 

初めての博覧会「技術は見せ方が9割」

 

▲深圳のテクノロジー博覧会「中国光博会」は中国内外からの参加者で賑わっていた

 

 テクノロジーの都・深圳で、私は生まれて初めて博覧会(ショー、フェアともいう)に足を踏み入れた。博覧会は、企業や研究所が開発してきた技術を公開する場であり、深圳では毎日のように開催される。私が滞在した9月上旬は「中国光博会」が開催中だった。大学生が入っていいのか、とドキドキしたが、行ってみると一般向けの体験コーナーもあり、一日中楽しむことができた。

 

 特にワクワクしたのは、赤外線カメラだ。ある中国企業が、スマホに後付けできる超小型赤外線カメラを公開していて、体験させてもらった。手元のパンフレットを試しにカメラで見てみると、大部分は青いのに、今まで触っていたところだけ真っ赤だ!見えないものが見えるなんてワクワクする。この赤外線カメラ、ニッチな技術と思われるかもしれないが、防犯から体温検査まで、応用は驚くほど幅広い。

 

 他にも私がワクワクした技術を紹介し続けたいが、読者の皆様にとってより有益なのは、次の2枚の写真を見比べてもらうことだろう。

 

 

 

 上の写真のブースは人だかりができている。あの赤外線カメラのブースだ。真ん中の体験コーナーで、来客が遊んでいる。その様子を別の赤外線カメラで撮ってスクリーンに映し出している。「あなたも遊んでいきませんか?」と誘われているように感じ、思わず立ち止まる人が多い。ポスターもシンプルで、来客の好奇心を削ぐような余計な説明ボードはない。ブースの隅では、企業の担当者がひっきりなしに商談している。

 

 対照的なのが、下の写真のブースである。体験コーナーがなく、説明ボードも細かすぎて分かりにくい。企業の担当者はあまりに手持ち無沙汰で、スマホをいじる始末だ。

 

 上下の企業の、博覧会で得られる成果の差は歴然としている。博覧会に出展していた日本企業の多くは、残念ながら下の写真に近かったが、浜松ホトニクスのように、測距センサの体験コーナーで来客を魅了している企業もあった。「技術は見せ方が9割」と分かっただけでも、博覧会に行った甲斐があったと思う。

 

▲博覧会の一コマ。スマホの表面はこんなふうになってるらしい

 

深圳人が驚くほどのスピードで変わる深圳

 

 深圳には私に会ってくれる人がいた。深圳大学の学生、宝怡(バオイー)、星彤(シントン)、芮滔(ルイタオ)である。三人は著名な日本語スピーチコンテストで入賞し、副賞として日本に研修旅行にやってきた。プログラムの一つに東大生との交流があった。私はそこで三人と知り合った。

 「夏休みに深圳に行く。とくに新しいテクノロジーが見られる場所に行きたい!」

 「深圳人の私たちが案内するから、任せて!」

 

 三人と待ち合わせたのは华强北(ファーチァンベイ)。ビルというビルに電子機器販売店がひしめき合う、世界一大きな電気街だ。宝怡が懐かしそうに話し始めた。

 「父は商売人で、ちょっと前までここで携帯販売店をやってた。高校生の頃までは、私もよく父の店に行って、入荷の手伝いをしてたの。だから华强北の街も隅々まで知ってるのよ」

 「宝怡みたいに詳しい人に案内してもらえるなんて、ラッキーだよ」

 「松藤は工学部なんだろ?ここは絶対ワクワクするぜ!」と芮滔が言った。

 

 四人で华强北の巨大なビルに入っていくと、先ほどの博覧会では見なかったような、奇想天外なガジェットが沢山転がっていた。例えば、羽根にLEDライトがびっしり付いていて、くるくる回ると写真や動画が映る「扇風機テレビ」。ただのプラスチックの板に見えるが、叩くとドラムの音が鳴り、叩く場所によって音の高さを変えることができる「ドラムボード」。ずば抜けて変てこだったのは「55度降温杯」という名前の水筒だ。「特殊な」冷媒が入っており、沸騰した熱湯を注ぐと、「中国人が最もちょうどよいと感じる」55度付近まで1分で冷めるという。本当にそんな性能があるのかは疑問だが、一瞬で55度のお湯を用意するというぶっ飛んだアイデアにしびれてしまった。

 

▲华强北のビルには奇想天外なガジェットが沢山転がっている。写真は「扇風機テレビ」

 

 上の階にはデスクトップPCの店が並んでいて、ほとんどの商品に「装机」のシールが貼ってある。

 「宝怡、あの装机ってどういう意味?」

 「ああ、中古品のことね。あの店の人たちは、壊れたPCを安く買い取るの。壊れたって言っても、壊れているのはたいてい一か所でしょ?彼らは壊れていないパーツを取り出して、組み合わせるの。それが装机の意味よ」

 「なるほど!見かけは新品と同じじゃん、うまいやり方だな」

 

 さらに上の階に行くと、基板や回路素子やコネクタの店が増える。「下の階には製品、上の階には部品の店が多いでしょう?下の階のバックヤードでは試作品を作っていて、部品が必要ならすぐ上に買いに行けるようになってるの。」と宝怡が解説してくれた。

 日本では华强北は活気ある電気街として紹介されがちだが、それが当てはまるのは一部の製品店だけ。多くの部品店では客の姿はまばらで、店というより倉庫に近い。

 「お昼時なのに、上の階にはあまり客がいないんだね」

 「卸売の店ばっかりだし、最近はネットで発注できるから、卸売商さえ来ないのよね」

 「ねぇみんな、あの注文票見て!」と星彤が指さした。ある店の注文票が裏側から覗けるようになっていた。

 【部品A  0.0001元 × 3000点  仕入額 0.3元】

 0.0001元の値段など、初めて見た。深圳発の部品は、1個1個がこれくらいの安さだからこそ、世界中の電子機器を席巻しているのだろう。

 

 宝怡は久しぶりに华强北を訪れて、以前からの変化に驚いたようだった。

 「時代は変わったわ。前はこの並びは安い携帯電話を売る店ばかりだったのに、今はイヤホンとかタッチパネルとか、スマホの関連部品を扱う店に置き換わっちゃった。父は携帯販売店を畳んで飲食店を始めたんだけど、良い選択だったと思う」。

 深圳人でさえ驚くほどのスピードで、深圳のトレンドは移り変わっていく。5年後には何が华强北を席巻しているだろう? 

 

文・写真 松藤圭亮 (理Ⅰ・2年)


【閑話休題】深圳と香港の微妙な距離感

 

▲深圳と香港は、地理的に、文化的に、制度的に、微妙な距離がある

 

 深圳から香港に足を延ばしてみた。97年に英国から返還された香港は、紛れもなく中華人民共和国の一部だが、大陸と香港との行き来には出境/入境検査が要る。すなわち、深圳と香港の境界、深圳河に架かる口岸(コウアン;検問所)をパスする必要がある。

 口岸の赤い線を一歩踏み越えれば、簡体字から繁体字へ、標準語から広東語へ、人民元から香港ドルへと、鮮やかな変化が起きる。香港では簡体字も標準語も人民元も思った以上に通用せず、少々やりにくかった。ほんの短い間の滞在でも、香港人のアイデンティティの強さを感じずにはいられない。大陸の新聞の一面は、必ず習近平の事績で埋め尽くされている。一方、香港の新聞の一面は、経済や文化の話題が多いし、政治の話題もより客観的に書いている。

 口岸から香港の中心部までは、電車で約1時間。夕方の時間帯には、大陸であまり見かけない背広姿のサラリーマンが多く乗っていた。物価・家賃の安い深圳に住み、香港の職場や学校に通う人たちを指して「潮汐人群」(チャオシーレンチュン;潮が満ち引きするように深圳と香港を往来する人々)と言うそうだ。

 昨年9月に高铁が開通し、深圳と香港が14分で結ばれた。大陸と香港の隔壁が一つなくなったともいえる。人の行き来がますます増えるに従って、香港は「大陸化」していくのだろうか?あるいは、香港人のアイデンティティはむしろ強化されるのだろうか?

 

▲香港の雰囲気は日本の都会とよく似ている

【19歳が見た中国】

①フェリーに乗って、ぶっつけ本番中国語

②学校の近くに、安くてうまい飯あり

③石橋を「叩く前に」渡る

④爆走出前バイクに見る「超級」便利社会の裏側

【受験生応援2019】2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜理科〜

$
0
0

 受験生の皆さん、センター試験本当にお疲れ様でした。2次試験まであと1カ月、ここからがいよいよ正念場ですね。このコーナーでは、皆さんが2次試験を突破し、晴れて合格をつかみとることができるよう教科ごとに2次試験との向き合い方のアドバイスをしていきます。今回は、理科に関するアドバイスです。

 理系は2日目の午前に150分間で理科2科目を受ける。配点はそれぞれ60点。時間制限は厳しく、問題は記述式だ。記述の練習をすること、自分に合う時間配分を見つけることが合格の鍵となる。

 

 時間制限の厳しい理科では要領よく記述することが重要だ。例えば物理の途中過程を長々と書いていては時間も解答スペースも足りない。根拠となる法則、その法則を表す数式、そこから得られる結論の3項目を記せば十分だ。過去問を解きながら効率的な記述スタイルを確立しよう。

 

 時間配分も点数を大きく左右する。例えば2018年の物理では第2問の電磁気学が難化し、「手も足も出なかった」という声も聞かれた。こうした問題に手間取り、簡単な問題に手を回せなくなるのはもったいない。「物理は一つの大問に25分以上かけない」といった見切りをつけながら過去問に取り組もう。

 

 東大入試は難解で見慣れない問題ばかり出題されるように思われがちだ。しかし近年、理系数学や理科では高校教科書レベルの基本的な問題が多く出題されるようになった。2次試験直前でも浮足立つことなく、腰を据えて使い慣れた参考書と問題集を開いてみよう。(理Ⅰ・1年)

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

睡眠専門医・坪田聡さん 入試直前の「睡眠」のアドバイス

試験前日・当日の過ごし方、持参して便利なもの

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜国語〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜理系数学〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜文系数学〜

【受験生応援2019】2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜地歴〜

$
0
0

 受験生の皆さん、センター試験本当にお疲れさまでした。2次試験まであと1カ月、ここからがいよいよ正念場ですね。このコーナーでは、皆さんが2次試験を突破し、晴れて合格をつかみとることができるよう教科ごとに2次試験との向き合い方のアドバイスをしていきます。今回は、地理歴史(地歴)についてのアドバイスです。

 地歴の試験は2日目の午前、2科目を150分で解く。試験開始と同時に各問題を見渡し、解けそうなものから順に解くのが鉄則といえる。各大問に要する時間が均等になるよう時間配分できると理想的だ。ただし世界史は第3問が一問一答形式であることが多い一方、第1問では20行程度(1行は30字)の大論述を課される。そのため世界史選択者は「世界史の第3問を、試験開始と同時に10分ほどで片付ける」「世界史の第1問は最後に回し、1時間以上かけてじっくり仕上げる」などと決めておくと効率的かもしれない。こうした時間配分の感覚を養うには、日頃から過去問を2科目150分で解く他ない。

 

 世界史の第2問や日本史、地理で肝となるのが、数行単位の簡潔な記述。書き直す時間を無駄にしないためにも、下書き用紙でなく問題用紙の余白でいいので、文章の骨子を書き出してみてから実際の解答用紙に書き込む癖を付けるといい。「また」「そして」など語調を整えるだけの語は、なくても文意は変わらないので、字数を稼ぎたい場合以外は使わないことを勧める。


 簡潔な記述のためには正確な暗記が重要だ。東大の場合そこまで細かい知識は要求されないだけに、受験生間で細かい知識面での差が付きにくく、少しのミスが命取りになる。自分が苦手とする暗記事項や、過去問で頻出している事項については、あらかじめノートなどにまとめておきたい。試験会場で本番直前に見返すことで、ど忘れを防止できる上、不安を解消して冷静に試験に臨めるだろう。(文Ⅲ・2年)

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

睡眠専門医・坪田聡さん 入試直前の「睡眠」のアドバイス

試験前日・当日の過ごし方、持参して便利なもの

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜国語〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜理系数学〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜文系数学〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜理科〜


稀勢の里関と私 〜ある東大生好角家の回想〜

$
0
0

 平成31年初場所をもっての引退を表明した横綱・稀勢の里。本場所開始時点で唯一の日本人横綱として大きな期待を受けながら、残念な結果に終わることとなった。そこで、フジテレビ系列「さんまの東大方程式」出演時に稀勢の里への愛を語るほどの大ファンである新井謙士朗さん(法・3年)に、その思いを寄稿してもらった。

 

旅行先で偶然発見した稀勢の里関の手形写真。SNSのアイコンにするほど、気に入っている一枚だ(=新井さん撮影)

 

 平成25年5月場所14日目結び前の一番、土俵の上には2人の力士が立っていた。

 

 かたや、白鵬。言わずと知れた角界の第一人者だ。前場所を全勝優勝で飾った彼はこの時ちょうど43連勝の真っただ中だった。土俵の上の白鵬は何か悠然たる雰囲気を漂わせていて、勝って当たり前、負けるわきゃない、そんな調子である。

 この男に立ち向かうのは、大関・稀勢の里。はじめて聞いた名前だ。なんだか堂々とした雰囲気はある。こりゃ期待できるかもしれないな、久しぶりに日本人で優勝するかもしれないとかいうので騒いでいるのはこの人か。

 

 私はそもそも、相撲を熱心に見ていたような人間ではなかった。世間が少し騒いでいるから興味本位でちょっと見てみるか、とNHKにチャンネルを合わせて夕方になぜか少しドキドキしながらテレビの枠越しに相撲を眺めただけなのである。

 

 にわかに盛り上がって土俵上がアップになる。取組がはじまるらしい。両雄がにらみあう。刹那、龍虎の激突。満場の歓声が大鉄傘をゆるがさんとする。がんばれがんばれ、なんだなんだ、勝つのか、どうなんだ、がんばれ、いけっ、おおっ、ああっ。あーっ。

 

 昨日まで名前も知らなかったこの日本人力士は長い相撲とはなったが結局はあっけなく土俵に散った。まあ、そんなものか、そう思ったが、なぜかこの少しふてぶてしい顔をした力士に興味を持ってしまった。この人はなんで騒がれるんだろう。幸い、今の世の中にはインターネットという便利なモノがある。ちょっと検索してみると、稀勢の里には熱狂的なファンが大量にいることが分かった。別に、熱狂的なファンが多いと書かれていたわけではない。表示されるツイートを見れば明らかだ。Twitter上で稀勢の里はネタにされ続けていた。どうやらここ一番には強い人ではないらしい。いや、ここ一番で勝つときも多い。しかし、勝つときはいつもその前に取りこぼしをしている。だから、手に負えない。弱くはない。でも、ここ一番で負ける。もう期待しない、と思うと、目を見張るような番狂わせをする。だから、また戻ってきてしまう。

 土俵上の様子も特徴的だ。そんなこともネタにされていた。でも、どれも嫌味な感じはしなかった。この人は愛されているんだな、そう思った。

 それだけじゃない、稀勢の里は中卒叩き上げの力士で、出世も速く、10年前から将来を期待され続けてきた人なのだった。なんせ、貴乃花、北の湖、白鵬と並び称される出世の速さ、幕下にいて「萩原」といっていた頃から応援するオールドファンも多くいる、有名力士のひとりだった。

 

 それから、稀勢の里を追いはじめ、いつしか、相撲そのものにも興味を持つようになった。

 しまいには、国会図書館に相撲雑誌を閲覧しに行くようにまでなってしまった。

***

 平成25年、稀勢の里は好調だった。5月以降どの場所でも11勝か13勝は挙げた。稀勢の里を横綱に、そんな声もちらほら出てきた。

 

 横綱の昇進条件、それは「二場所連続優勝、もしくはそれに準ずる成績」である。

 

 稀勢の里には優勝がなかった。次点はたくさんあった。次第に「第二の豊山」と呼ばれるようになった。豊山というのは、学生横綱出身で、十両で全勝優勝を果たし、37勝という抜群の成績で大関に昇進、スピード出世で将来を期待された人だが、優勝なしで引退した。大双葉の弟子であり、後に日本相撲協会の理事長にもなった。

 豊山にも稀勢の里にも高い壁が眼前にそびえ立っていた。それは、大鵬、白鵬という類稀なる大横綱だった。白鵬という壁は、あまりにも高かった。

 

 余談だが、昭和の横綱で二場所連続優勝で昇進した人などほとんどいない。双葉山(関脇〜横綱で5場所連続全勝優勝)、栃錦、大鵬、北の富士、琴櫻ぐらいだろう。二場所連続優勝を絶対の条件とするのは平成期の変則である。「準ずる成績」で上がった人のほうが大多数だ。北の湖、千代の富士もそうである。今の理事長は8回も優勝しているのに、連続優勝はないから、平成基準だと横綱になれなくなってしまう。

 

 だから、稀勢の里ほど強ければ横綱になるのには遠慮は不要…のはずだが、やはりネックになったのは優勝経験がないことだ。無論、優勝なしの昇進の例はある。照国(綱をつけた姿が稀勢の里そっくり!)と双羽黒だ。だが、さすがに稀勢の里も高齢、両者と同様な理由で、「将来を期待」と上げるわけにもいかない。

 

 だから、稀勢の里は1回でも優勝すれば昇進させていいだろう、という声が有力説となっていった。

***

 ところが、そのあと起きたことといったら悔しい事態ばかりだった。

 

 まず、平成26年初場所、稀勢の里は足の親指を負傷し、大関になってから初の負け越しを、初土俵以来初の休場をすることで記録することになってしまった。稀勢の里の強さはよきにつけ悪しきにつけなんだかんだ言って安定していること、鉄人と称された人であっただけに休場は、衝撃だった。

 

 そこからの2年間は忍従の日々(昭和56年の大河ドラマ『徳川家康』より。師匠・隆の里は、糖尿病との長い闘いの末に横綱の座を摑み、「おしん、家康、隆の里」と言われた)だった。平成25年の安定感はどこへやら、10勝近辺をうろうろする場所が続き(それでも大関としては強いのだが)、横綱という声もかき消された。

 

 そんなこんなしているうちに、大関・琴奨菊が平成28年の初場所に優勝した。

 

 琴奨菊の初優勝は素直にうれしい。

 だが、テレビで報道を見るほうとしては、悔しさしかない。テレビ報道は琴奨菊一色である。つい先日まで稀勢の里と言っていた人たちが今度は手のひらを返して初優勝を果たした大関を褒めそやすのだ。なんだ、みんな、稀勢の里、稀勢の里と言ってたくせに、琴奨菊が優勝したら、そっちに乗り換えるのか、稀勢の里の優勝を待ってたんじゃなかったのか。何が日本出身力士の10年ぶりの優勝だ、そんなものはどうでもいい、稀勢の里の優勝が見たいんだ!と。

 

 そのうち、遅れに遅れて大関に上がった豪栄道までもが優勝を、しかも全勝で達成するに至り、どうして地力ではあきらかに上の稀勢の里が優勝を逃し続け、他の角番多数の大関が(ごひいきの方には失礼!)ワン・チャンスをつかんで優勝するのだろうか?という疑問ばかりが頭を駆け巡った。稀勢ファンの悩みはおそらく本人よりも深く、重かっただろう。

 

 「本人より」と言ったのは、別に本人が悩んでいないという意味ではないのである。稀勢の里はメンタルが弱いと言われた。だが、大関まで昇った人がメンタルの弱いわけがない。むしろ、ここまで跳ね返され続けても諦めない強い心の持ち主だ。弱いのはファンのメンタルだ。辛抱たまらず、「豆腐メンタル」と言ってしまう、そんな我々自身の弱さだ。

***

 そんな稀勢の里に、初優勝のその日は意外にあっけなくやって来た。

 

 平成28年、稀勢の里は初場所こそ振るわず9勝6敗で終えたものの、以降は調子を取り戻し、平成25年以来の強い稀勢の里が戻ってきた。

 稀勢の里には「1回」が遠かった。だから、ファンの間では、きっと、最初の1回、優勝できてしまえば、あとはスルスルと優勝できるようになる、そんな予測すらあった。

 

 平成28年の後半は毎場所のごとく話題は綱とりだった。思えば、このころが力士・稀勢の里の最強時代だった。そしてそれに立ち会えた我々は幸せな人間だったのだ。こんなところも師匠・隆の里に似ていた。隆の里は、1年間だけ最強と言われた。稀勢の里も、1年間だけは最強の力士だったと思う。

 

 運命の平成29年、初場所、その日はやってきた。しかも、思ってもみないかたちで。

 

 稀勢の里はこの場所、琴奨菊に敗れただけの1敗で好調、最大のライバル・白鵬は平成28年以来不調で、稀勢の里は優勝争いの単独トップに立った。

 …とここまでならよくある話だ。

 前述の通り、こんな状況で稀勢の里はことごとく負け続けてきた。稀勢の里は無茶苦茶に強い力士だ。なのに負けている記憶しかないのは、ここ一番にすべて敗れてきたからだ。なのに、応援してしまうのは、目を離そうとすると、突然輝きを放ちだすからだ。

 

 しかし。14日目、逸ノ城戦。大多数のファンがあるいは負けるだろうと思っていたのに、稀勢の里は勝った。

 そして結びの一番。なんと白鵬が貴ノ岩に敗れた。こういう時には絶対に負けない人なのに。そして。

 この瞬間。

 待ちに待った稀勢の里の幕内最高優勝は達成されたのだ。

 感動もひとしおだ。

 

 千秋楽。対戦するは横綱・白鵬。

 やっぱり負けるんではないのか。そんなふうにも思われた。もう優勝も決まっているんだし。

 

 しかし。

 

 稀勢の里は勝利をその手に摑んだ。

 白鵬は全力で向かってきてくれた。

 「横綱への試験」、と評された、そんな見事な相撲を見せてくれた。

 

 そして、稀勢の里は全国民の祝福の中で横綱昇進を決めた。

***

 ようやく稀勢の里が横綱となり、喜びいさんで奉納土俵入りを見に行った。

 

白妙の 富士の高嶺に 降り積もる 雪のごとくに かがやける綱

 

 遠目からしか見られなかったけど、稀勢の里は輝いていた。横綱らしい堂々とした姿で、もう何年も横綱だった人のようだった。

***

 稀勢の里は、強い。

 なんてったって「史上最強大関(優勝制度確立以降)」だ。白鵬にだってよく勝つ。63連勝も43連勝も真っ向から止めた。強い時にはだれにも負けない。初顔にだって強かった。それに、勝った時の傲然として自信に満ちあふれた姿、強豪中の強豪を見ているような気になる。北の湖のようだともよく言われた。

 

 稀勢の里は、美しい。

 常に真っ向勝負をつらぬき、立合いにかけひきをしない。そんな相撲の取り口、身長188cm(大正期の大横綱、太刀山と同じ!)、体重177kg、見事な太鼓腹、そんないかにも力士らしい姿、そして勝っておごらず、負けて腐らない、黙して語らない態度。負けても言い訳しない。負けて涙したことはない。人の前では。相撲的な「美」を表したような、そんな人だった。

 

 稀勢の里は、かわいい。

 「萩原」といっていた頃は子どもを見るようなかわいらしさだが、大関になってからも、土俵上でまばたきする姿、顔つき、これより三役のときのいわゆる「スタスタ」などは(稀勢の里は千秋楽のこれより三役のときに1人だけ早く出ていってしまう。これがTwitter上などで「スタスタ」と呼ばれた)稀勢の里のかわいらしさだ。

 

 稀勢の里は、かっこいい。

 切れ長の目、高身長、寡黙な態度、どれを見ても男前だ。ファンの中には、「腰高」との批判に、「スタイルがいい」と言い換えて対抗した人もいた。

 

 そして、稀勢の里は、魅力的だった。

 

 だから、稀勢の里は愛された。

***

 そう、稀勢の里ほど愛された力士はいなかった。それは稀勢の里が発する魅力によるものだ。

 

 稀勢の里ほど愚直な男はいなかった。絶対に逃げない、そう言った男は、本当に逃げることなどしなかった。

 古風な力士だった。お相撲さんの鑑のような人だった。テレビにも出なかったし、黙して語らなかった。土俵態度も誠実だと思う。

 稀勢の里に人生を見る人さえいた。生き様は、だれよりも愚直で、それゆえにだれよりも破天荒だった。こんな生き方はだれにもできない。

 

 だれよりもたたかれた。だれよりも愛された。

 しかし、何も言わなかった。そんなところがより人の心をつかんだ。稀勢の里には中毒性がある。一度見たら、もう離れられない。そんな感じが。放っておけないのだ。優勝だけはしないのに、大金星ならいくつも挙げてしまう、そんな稀勢の里は。

 

 双葉山の連勝を更新できるとしたら、稀勢の里しかいないと思った。双葉山という人は若い頃、決して番狂わせを起こさない人として知られた。たまには変化でもして観客をあっと言わせりゃいいのに、そんな陰口もたたかれた。しかし、双葉山は何を言われようと真っ向勝負を挑み続け、負け続けた。しかし、双葉山は、ある日突然、負けを忘れた。そしてそのまま前人未到の5場所連続全勝優勝、偉大なる69連勝を達成し、大横綱となられた。双葉山は一度勝った相手には二度と負けなかった。徐々に地力を上げ、一度勝てば確実に勝ち、地力が全員を上回ったときにはもうだれにも負けなくなった。稀勢の里も、勝ち数を少しずつ増やし、地道に安定する勝ち星数をゆっくりと増やしていった。9勝から10勝、11勝、13勝。最後には15戦全勝で安定する。そんな期待を抱かせるほど、稀勢の里は魅力的だった。

***

 平成28年春、大阪場所。日本中が歓声に包まれた、あの優勝。と、その後の休場の続く横綱在位期間。

 晩年はもう諦めかけていた。あとは引退がいつなのか、それだけだと思ってもいた。仕方がない。

 

 だけど、もしかしたら、とも思った。だって、稀勢の里は、人にはできないことをあんなにやって見せた人だから。あんなにいっぱいの奇跡を見せてくれた人だから。

 

 でも。

 今回ばかりは、そうはいかなかった。

 平成の終わり、第72代横綱・稀勢の里は、土俵を去る決断をした。

 

みをつくし 綱張りさかづき たまはりし なにはのことも 夢のまた夢

***

 思えば、相撲を見はじめたのも、双葉山の相撲道を知ったのも、全部稀勢の里のおかげだった。そう、稀勢の里こそ、相撲のすべてだった。

 稀勢の里時代は、確かにあったのだ。たった1年だったけれど。夢は現実になっていたのだ。「稀な勢い」は本当にあったのだ。それは驚異的なスピードとかじゃない、じょじょに、ゆっくりとではあるが、確実に地力を高めて最強の力士の座に到達するという史上にも稀な進み方を表現していたのだ。

 

 稀勢の里と同じ時代を生きられてよかった。

 

 ありがとう、稀勢の里。夢を、希望を、そして強さを。

 

(文中敬称略)

寄稿=新井謙士朗

 

新井謙士朗(あらい・けんしろう)

【受験生応援2019】2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜英語〜

$
0
0

 受験生の皆さん、センター試験本当にお疲れさまでした。2次試験まであと1カ月、ここからがいよいよ正念場ですね。このコーナーでは、皆さんが2次試験を突破し、晴れて合格をつかみとることができるよう教科ごとに2次試験との向き合い方のアドバイスをしていきます。今回は、英語に関するアドバイスです。

 東大英語は文理共に120分、問題も全問共通だ。要約問題や長文読解、リスニングや文法問題など幅広く出題され、まさに総合力が問われる。ただ、東大英語を攻略するための一番の鍵は時間だろう。何といっても東大英語の難しさはその時間的制約の厳しさにあるといえる。そこで今回は、時間的戦略を中心に直前期の勉強ポイントを二つご紹介したい。

 

 一つ目は、時間配分。東大英語の特徴として、試験開始後45分が経過したところでリスニング試験が行われる点がある。ここで重要なのは、リスニングが始まる前後の45分それぞれで何をどこまで解くのか、である。記者の場合、解答に要する時間が比較的安定していた大問5番(長文読解)と大問4番(文法問題・和訳問題)をリスニング前までに解き終えることを目標とし、リスニング後に他の大問に取り組んだ。自分に合った解答順序を決め、本番を意識しながら過去問に取り組もう。一方で試験本番は、残りの問題に悪影響を与えないためにも、設定した時間以内に解き終わらなかった大問を途中で切り上げる勇気も時には大事だと思う。

 

 二つ目は、解くスピードを上げること。個々の問題に効率よく取り組み、想定通りの時間配分で解き進められるようにトレーニングを積もう。ここでは、直前期の対策が特に有効だと思う分野について説明していく。まず長文読解は、時間制限を設けながら毎日英語の長文に触れることが大切だ。それに加え、単語帳を読み込んだり、過去問演習をする中で意味が分からなかった語法をノートにまとめて常に確認したりして、語彙を補強すると良い。リスニングも、毎日何かしらの英語音声を聴くことで耳を英語に慣らそう。記者は、息抜きにYouTubeで自分の好きなスポーツの海外実況を毎日見ていた。自由英作文は、過去問に何年分も取り組むことでどんなテーマでも自分の思考を素早く英語にまとめる訓練が効果的だ。他の分野も、自らの課題や弱点に応じて勉強法を工夫することで、万全な状態で試験に臨んでもらいたい。文Ⅰ・1年)

 

【受験生応援2019】

入試担当理事が語る、東大の求める学生とは

現役東大生が語る!センター直前攻略ポイント

東大生が語る、センター試験成功談

センター失敗談 国語と数学は侮るな! 試験後の切り替えも勝負

現役東大生が実践した! 試験直前期の体調管理法

食育専門家・浜田峰子さん 入試直前の「食事」のアドバイス

睡眠専門医・坪田聡さん 入試直前の「睡眠」のアドバイス

試験前日・当日の過ごし方、持参して便利なもの

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜国語〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜理系数学〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜文系数学〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜理科〜

2次試験直前! 現役東大生による勉強法アドバイス〜地歴〜

東大運動部の幹部が合宿所に集結 ブラインドサッカー体験から得られる学びとは?

$
0
0

 普段は各自のスポーツに専念する、東大運動会の部員たち。しかしそんな彼らが寝食を共にする機会があるのをご存知だろうか。東大運動会総務部が主催する、毎年恒例の「主将主務合宿」だ。ワークショップや座談会を通じて、運動部の主将と主務がリーダーシップを学んでもらうことを目的としている。正月明けの1月5、6日に千葉県にある検見川総合運動場・セミナーハウスで行われた合宿に、記者が潜入した。

(執筆・石井達也 撮影・小田泰成)

 

 5日朝の開講式の後、真冬の冷え切った体育館に集まった47部活87人の主将主務たちに配られたのはアイマスク。人間が得る情報のうち8割を占めているという視覚情報をアイマスクで遮断し、ブラインドサッカー体験のワークショップに臨んだ。

 

 ワークショップを主導するのは株式会社Criacao(クリアソン)のスタッフだ。Criacaoは「スポーツの価値を通じて、真の豊かさを創造し続ける存在でありたい。」を理念に掲げている。東大運動会の主将主務合宿で研修を担当するのは今回で2回目だ。

 

 まずは2人1組になり、数メートル先のパートナーの元にアイマスクをしながら歩く体験。ブラインドサッカーとは程遠い簡単な体験に見えても、初めての人にとっては相当の恐怖感がある。1回目はパートナーが手を叩き、2回目は拍手の代わりに名前を呼んで誘導する。

 

 

 一通り終えた後、Criacaoの竹田好洋さんが参加者に尋ねる

1回目と2回目、どちらがより安心感がありましたか?」

大半の参加者が2回目に手を挙げると、竹田さんはこう種明かし。

「名前を呼ばれると、やっぱり安心感がありますよね。これは部活での呼び掛けにそのまま当てはまります。例えば新入生に指導するとき、名前を呼んであげるだけで不安が軽くなるはずです」

参加者は納得したような表情を見せた。

 

 続いて、アイマスクをしたパートナーにお題の動きを声だけで伝える。「屈伸運動」など分かりやすい動きから始まり、最後には名前すらないような複雑な手足の動きを指示する。

「この体験から分かるのは、当たり前にできる動きであってもイメージできなければ難しいということ。言葉で説明するだけだと、下級生にとっては何が何だか分からないということってありますよね?」

下級生にプレーなどを教えるときに、上級生が自ら動いて見せるなど工夫が必要であるとの説明が加えられた。

 

 

 次は20人程度のグループで、全員がアイマスクをしてスタンバイ。その状態から誕生月や血液型ごとにグループを作るよう指示が出る。

 

 さらに難易度は上がり、名字や身長順で一列に並ぶ指示が出る。初めは戸惑いながらも、次第に

「まずは身長○cm台ごとに集まってみよう」

「ある程度の順番に並んだら、円陣を組んで右の人の肩を叩きながら自分の身長を声に出してみよう」

などと、さまざまなアイデアが出てくるようになった。

 

 

 全員がアイマスクして臨んだこの体験では、声を発しつつ聞くというコミュニケーション能力が特に問われる。その上で、Criacaoの卓間昭憲さんは「異なる小グループに属するような『遠い者同士』では、特にコミュニケーションが難しいと思います」。その言葉通り、10cmごとの身長で分かれた小グループ内では簡単に背の順に並ぶことができても、小グループ同士の連携に苦戦している様子が散見された。

「部活動に当てはめると、役職者間やレギュラーメンバー同士、同学年内などではコミュニケーションを取りやすい一方、上級生と下級生など『遠い者同士』ではコミュニケーションを取りにくいですよね?」

アイマスクしたまま活動するという普段ならあり得ない状況下で、主将主務たちはコミュニケーションの難しさをかみ締めたようだ。

 

 いよいよ、ブラインドサッカーのボールを使った体験に移る。まず、約10m四方の四角形の各頂点に人が立ち、そのうち1人がボールを持つ。アイマスクをした人が四角形の中に入り、各頂点に立つ人のアドバイスを聞きながら、ボールに触る。次に、ボールを持っている人が他の頂点に立つ人にボールを投げて、アイマスクをした人は再びボールを触る……という動作を繰り返す。1セット30秒の間にボールに触った回数は、初めはどのチームも10回程度と少ない。途中で竹田さんが一言。

「同じ条件で小学生は20回を達成しています。皆さんも20回を目標にしてみましょう」

 

すると、参加者の目の色が変わり、作戦会議が活発になった。

「アイマスクをした人から見て、ボールを投げた方向をみんなで伝えよう」

「ボールを持った人がひたすら叫ぶようにしよう」

「アイマスクをした人は、タッチするときに恐れず手を伸ばそう」

各チームはセットを重ねるごとに回数を増やしていき、最後には20回を超えるチームも現れた。

 

 

 この体験のポイントは「ギリギリ届く目標を設定すること」だと竹田さんは解説する。目標を設定することがパフォーマンスの向上につながることは、参加者が体感した通りだ。

 

 ただ、例えばチームでリーグ昇格するという目標があっても、試合に出られない人は置いてきぼりになってしまうこともある。

「リーダーは、チームと個人それぞれの目標設定を意識することが大切です」

竹田さんの言葉を、リーダーである主将主務たちは各チームの文脈に当てはめていたことだろう。

 

 ワークショップの最後は、アイマスクをした状態でボールをキックして、数m先のコーンに当たった回数を競った。コーンの位置や蹴り方を指示し合うなど、これまでのワークショップを通じて学んだコミュニケーションの取り方を実践する場となったようだ。

 

 

 ワークショップを終え竹田さんは「今回の活動を『楽しかった』だけでは終わらせてほしくない」と熱弁。各部のリーダーが集まった合宿で得た学びを、これからの活動に生かしていくよう激励した。

 

 合宿では、ブラインドサッカー体験以外にも座談会など多くのプログラムが用意されていた。参加者同士の友好関係も深まったようで、今後は各部の垣根を越えた交流も生まれるかもしれない。参加者が合宿で得た学びを生かし、これから1年間でどのようなチームを作り上げていくのかに注目したい。

こくわがた 「東大チーム」支えるうどん

$
0
0

 本郷三丁目のうどん屋『こくわがた』の朝は早い。平日は朝4時ごろから始まるうどんの仕込み。店を訪れると、だしを取るため、煮干しやかつお節、ウルメイワシやサバを煮込む匂いが漂う店内で、男たちがうどんづくりに奮闘していた。1日およそ100キロは提供されるという手打ちうどん、それを毎朝小麦粉から製麺している。

 

麺づくりはまず、小麦粉と塩水を手で混ぜる「練り」から始まる。

 

 手で練り終えると、今度は生地をシートで包み、麺のコシを生むための「踏み」。一つの生地に対しておよそ20分踏み続ける必要があり、全ての生地を終わらせるのに2時間以上かかる日もある。記者も体験させてもらうと、うっ、生地が思ったよりも分厚い!足踏みをするように生地の上でステップを踏んでも、生地は表面的にしかもまれず「それじゃいつまでたっても終わらないよ」と店のスタッフから笑われる。スタッフは壁に手をつき、生地をかかとで踏み込むように力強く足を動かしていた。

 

早朝の店内にはだしを煮込む匂いが立ちこめる
「踏み」を手伝わせてもらっても何の戦力にもならなかった記者

 

 その後、1日熟成させて完成した生地を細く切り、熱湯でゆで上げれば出来上がり。ゆで上がったばかりの麺は、ピカピカに光っていた。だし、醤油、お好みの味付けでいただきます!

 

 

 オーナーの寺尾将幸さんがうどんの世界に飛び込んだのは10年前。以前はたばこ会社の営業や法律事務所での債務整理など幾つかの仕事を転々としていたが、大学時代の友人が東京でうどん屋を開店することになり、寺尾さんも店の立ち上げに参加したことが契機だった。そのうどん屋で3年働いた後、寺尾さんは独立。7年前の開店時から東大生を中心に口コミが広がり、今では午前11時のオープンと同時に店内は客で埋まる人気店だ。

 

オーナーの寺尾将幸さん

 

 行列が絶えない理由はうどんのおいしさだけではなく、財布に優しい価格帯にもある。しょうゆうどん(並)は360円。学生に人気の「HG(本郷)」はうどん(大盛り)に鶏の天ぷらが付いて530円。店内はセルフサービスで人件費を削り、立ち食い形式で客の回転率を高めて実現した価格帯だ。「ゆったりした店舗で座って食べられず、お客さんには辛抱してもらっていますけれど、その分うどんを気軽に食べられる『日常食』として提供したい」と寺尾さん。

 

 実は店名の「こくわがた」にもそんな思いが託されている。子どもが虫取りをする際、狙うのは大きく立派なクワガタだ。だが、身近に存在してよく捕まるのは小さな「こくわがた」。「それくらいお客さんにとって身近なお店であってほしいなと」。

 

 店を訪れる客のおよそ6、7割が東大生。中でもジャージを着こんだ運動会の学生の姿がよく見かける。寺尾さんは野球部やラクロス部など東大の運動会の大ファンで、特にアメリカンフットボール部ではファンクラブ会長を務めているほど。応援したい一心で、運動会の学生には点を取れるようにと「鶏天(取り点)」をおまけし、体づくりに貢献できるよう、うどんを大盛りにしている。

 

店内にはアメフト部のメッセージが所狭しと飾られていた

 

 「僕自身も大学時代はレスリングに打ち込み、大学スポーツの厳しさがよく分かる。ましてや東大で勉強をしながら、勝つために戦う。格好いいというより尊敬ですね」と寺尾さん。練習に励む学生の腹を満たそうと今日もうどんをこねる。「微力ながらも、僕ら『こくわがた』は勝手に東大チームの一員だと思っていますから」と寺尾さんは控えめだけれど、いやいや、間違いなくかけがえのないチームの一員だと思いますよ!

 

 

 

(取材・福岡龍一郎 撮影・石井達也、湯澤周平)


この記事は、2019年1月15日号に掲載した記事の転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

全4頁

ニュース:近藤選手、箱根路に 1区で区間22位相当の力走
ニュース:日本学術振興会賞 東大から9人 宇宙線研・大内准教授ら
ニュース:21年度入試 英語力証明に調査書以外を利用
ニュース:2競技終え2位発進 七大戦 今大会の舞台は九州
企画:ものづくり×イノベーション 駒場から議論通じて革新を 
企画:目でも舌でも楽しめる 味噌丸分かり
ミネルヴァの梟ー平成と私ー⑧臨床試験報道
推薦の素顔:山田杏奈さん(文Ⅲ・1年→育)
火ようミュージアム:フェルメール展
サークルペロリ:みかん愛好会
地域の顔 本郷編:こくわがた
キャンパスガール:佐野翔子さん(工・3年)

※新聞の購読については、こちらのページへどうぞ。

麹菌研究者と東大卒味噌煮込みうどん店主に聞く 日本人に欠かせない味噌の魅力

$
0
0

 味噌汁、味噌カツ、味噌煮……。味噌は日本人と切っても切り離せない食品だ。しかし、身近な存在であるものの、その種類の多様性や健康面のメリットについて知り尽くしている人は少ないだろう。味噌を扱う人たちに話を聞き、味わい深い味噌の世界をのぞいてみよう。

(取材・岡田康佑)

 

歴史の中で個性を熟成

 

北本勝特任(きたもと・かつひこ) 教授(日本薬科大学)
 72年農学部卒。博士。農学生命科学研農学究科教授などを経て16年より現職。専門は酵母や麹菌の分子細胞生物学。

 

 味噌は日本を代表する調味料の一つだ。発酵食品に詳しい北本勝ひこ特任教授(日本薬科大学)によると「平安時代以降、日本の僧侶が中国の技術や文化を学ぶ中で一緒に持ち帰った『穀醤(こくびしお)』という大豆の発酵食品が味噌の源流だと考えられています」。

 

 ただし、穀醤は塩辛い液状の調味料であり、日本人のイメージするペースト状の味噌とは明らかに違う。「穀醤の発酵を途中でやめたもの、すなわち『未』だ『醤』にならざるものが『未醤(みしょう)→ 味噌(みそ)』に変化したという説もありますが、正確には分かっていません」。一方、発酵の技術は日本独自でずっと前から発達していた。「縄文時代にはすでに食物を塩蔵することにより発酵させる技術があったようです。味噌は日本古来の発酵技術と中国の発酵食品が複合して生まれたとも考えられます」

 

 味噌の発酵にはカビの一種である麹こうじ菌の他、酵母、乳酸菌が関わる。米の上で麹菌を繁殖させた米麹を使って作ると米味噌、豆麹なら豆味噌といった具合に、麹に使う穀類によって味噌の種類が変化する。

 

 種類分けは名称の問題だけではなく、使う麹によって発酵の進行速度が異なる。例えば米麹は酵素活性が高く、米のでんぷんがたくさん分解されるので、一般的に米味噌はブドウ糖が多く含まれる甘い味噌になる。米麹を使う米味噌は2、3カ月ほどの熟成で食べ頃になる一方、豆味噌は熟成に2年ほどかかるという。「仕込み時は塩味の強い味噌も、熟成により菌が作り出すブドウ糖の甘みや乳酸の酸味が増してまろやかになります。豆味噌はもともと含まれるでんぷんが少なく、長期間熟成することにより独特のうま味が出ます」。長く熟成するほど色が濃くなるため、甘い米味噌は白味噌に、辛い豆味噌は赤味噌になる。

 

 味や見た目までさまざまな味噌だが、その好みには地域性がある(図)。東海地方では主に豆味噌が作られているが、その他の地域では米味噌が主流だ。「中国の醤は大豆が主原料なので、多くの地域で中国伝来の醤が『日本化』したと言えますね」 地域性が生まれた歴史的背景もさまざまだ。例えば九州では麦味噌が主流だが「かつて九州では米が貴重だったので、麦で代用していたと考えられます」。ローカルに見ると珍しい種類の味噌も。「米味噌なのに色が濃く辛い仙台味噌や、色は薄いのに辛い信州味噌など、いろいろな種類があって面白いですね。どんな歴史的背景があったとしても、結局その味噌が今日のその地域の人たちに最も気に入られているわけです」

 味噌は健康的な食品としても有名だが、一体どのような効果があるのだろうか。「第一に、でんぷんやタンパク質がすでに麹菌によって分解されているので、アミノ酸、ミネラル、ビタミンといった栄養素を効率良く摂取できます」。加えて味噌には麹菌、酵母、乳酸菌などの菌体が含まれるので、予防接種のワクチンと同じような原理で腸内の免疫が活性化する。「少量の食中毒菌を摂取してしまっても撃退できる可能性があります」。ただし味噌は食塩も多く含む。取り過ぎには注意すべきだ。

 

本郷で新感覚の味に舌鼓

 

 東京メトロ本郷三丁目駅から徒歩2分ほど、裏道を行ったところにある「味噌煮込罠(みそにこみん)」は、東大出身の店主岡田望さんが経営する味噌煮込みうどん店だ。岡田さんは東大卒業後、医学部附属病院に看護師として勤めたものの「新しいことがしてみたくなってやめてしまいました」。出身の愛知県では味噌グルメがたくさんあるものの、東京にはあまりなく「それならいっそ自分で作ってしまおうかと思って味噌煮込みうどん店を始めました」。

 

店主の岡田望さん

 

 店で使う味噌には岡田さんのこだわりがある。「コクや酸味の強い『まるや八丁味噌』の赤味噌、甘い清洲の白味噌、そして実家の近くで個人経営をしている味噌屋の、塩気が強い赤味噌の3種類を東京に取り寄せてブレンドしています」。1種類のみでは引き出せない個性豊かな味わいになるそうだ。さらに、3種類の味噌は全て愛知の味噌を取り寄せて使っている。「味噌は地域によってそれぞれ違った良さがあり、愛知の味噌は煮込むとうまくなります。他の味噌も試しましたが、代わりは務まりませんでした(笑)」

 

 メニューには変わり種もちらほら。トマトやチーズを一緒に煮込んだ「イタリアン味噌煮込みうどん」や、味噌とカレーがミックスされた「インディアン味噌煮込みうどん」まである。一見驚くようなメニューだが、実はどれも岡田さんが考え抜いた組み合わせ。「味噌は発酵食品なので、同じ発酵食品のチーズと相性がいいです。トマトのようなうま味の強い食材は煮込むとうまいですし、カレーはそもそも煮込み料理なのでもちろん合います。まだまだ思い付きそうです(笑)」

 

うま味の強いトマト、発酵食品のチーズを組み合わせたイタリアン味噌煮込みうどん

 

 岡田さんは味噌を「日本国民に欠かせない食品」だと語る。「例えば味噌汁は日本食の原点ですよね。朝飲めばシャキッとするし、夜家に帰って飲めばほっとする。なくてはならない存在だと思います」

 

 おいしく健康に良い上、地域によっていろいろなバリエーションまで楽しめる味噌。あなたのお気に入りはどんな味噌ですか?

 

洋風料理への応用はいかが?

 

 味噌が活躍する舞台は日本食に限られない。東大卒の食文化研究家、スギアカツキさんに、味噌の「和」と意外な「洋」を折衷してもらった。

 

 味噌の新たな魅力を楽しむべく、洋食メニュー「グラタン」を大胆にアレンジしました。主役となる具材は、ジューシーな鶏もも肉と冬野菜の白菜。これらを味噌風味のホワイトソースとチーズで包み込み、こんがり焼き上げましょう。ちなみに、味噌とチーズは同じ発酵食品で、相性抜群。合わせることで「うま味の相乗効果」が期待できます。白菜の水分が程よく溶け出したスープ感も乙な味。

 

 優れた存在は、必ずや世界で輝く。味噌も人も同じですから、どうぞ皆さんも味噌に負けず、世界で自由に羽ばたいてくださいね。


この記事は、2019年1月15日号に掲載した記事の転載です。本紙では、他にもオリジナルの記事を掲載しています。

全4頁

ニュース:近藤選手、箱根路に 1区で区間22位相当の力走
ニュース:日本学術振興会賞 東大から9人 宇宙線研・大内准教授ら
ニュース:21年度入試 英語力証明に調査書以外を利用
ニュース:2競技終え2位発進 七大戦 今大会の舞台は九州
企画:ものづくり×イノベーション 駒場から議論通じて革新を 
企画:目でも舌でも楽しめる 味噌丸分かり
ミネルヴァの梟ー平成と私ー⑧臨床試験報道
推薦の素顔:山田杏奈さん(文Ⅲ・1年→育)
火ようミュージアム:フェルメール展
サークルペロリ:みかん愛好会
地域の顔 本郷編:こくわがた
キャンパスガール:佐野翔子さん(工・3年)

※新聞の購読については、こちらのページへどうぞ。

Viewing all 3380 articles
Browse latest View live